52.終結
「グレゴリー大臣兼団長〜、屋敷内のクレイン人は全員捕まえましたよ!次どうします?」
「そうですねぇ、逮捕権はフェザントにありますから………んん?揺れ………?」
「だ、だ、だんちょ、何か来ます!嫌な感じが来ます!退避命令を!!」
「……これはマズいですね。お前たち!魔封じ結界即時解除!全員で中に突入!フェザントの憲兵と二人一組になり全員に防御魔法のち即時転移!余り人員は捕縛した奴らに多重防御結界をかけなさい!分かりましたか!?」
「「「は、は、は、はいっっ!!」」
「………あんの馬鹿弟子が!!」
魔力というものに、感じる、感じないの世界があるのだとしたら、僕は感じない世界の住人だ。
魔法は何度か見たけれど、魔法を使った〝結果〟を認識しただけ。魔力がどのようにして現実世界で形を為すのかなど、一生知ることは無いと思っていた。
「ディノ…全員に退避命令を」
私の前に立ちはだかり、飛び交う瓦礫から私を守ろうとするディノに言う。
「何言ってるんですか!!閣下が最初に逃げてください!」
「それは出来ないでしょ」
…女の子が戦ってるのに。
「…閣下……?あの、この緊急事態にちょっと嬉しそうにするのやめてもらえます?」
嬉しそうにしてた?ふーん、まあ嬉しいけどね。
「ディノ、シャロンの言葉聞いてた?…僕のことカッコい」
「あ!魔法使い軍団が凄い勢いで入って来ますよ!僕確認してきます!」
「…………………。」
激しく揺れる地面の上にあっても、不思議と恐怖は感じなかった。
邸中のあらゆるものを巻き込まながら渦巻く風も、ただ一点へと集まる光も、彼女が見せてくれる〝魔力〟の形。
だから僕はただ彼女の後ろ姿を見ていた。
感じることのできない魔力を、目に焼き付けていた。
「…ウィル君、これでもシャロンが可愛いですか?」
隣にそっとグレゴリー殿が立つ。
「愚問ですね。何度聞かれても可愛いです」
「はぁ〜………わかりました。ほら、ディノ君もこちらへ来て、結界の中に入りなさい」
そう言ってグレゴリー殿が何かしらの温かい空間へと誘ってくれる。
「…ウィル君、とりあえず賠償の話は後ほどいたしましょう」
「ははは!急に常識人ですね!」
「何言ってんですか。私はクレインの良心ですよ」
「ははは!」
彼女が呪文を呟くのを初めて聞いた。
手元から溢れる光はとても眩しくて、たくさんの人間を苦しみへと誘ったこの黒の家を、ゆっくりと、しかしながら激しい力で浄化するかのようだった。
一際強い光が放たれる。
あまりの光量にさすがに目を瞑る。
次に目を開ける時には、きっと全てが終わっているのだろう。
緊迫した場面なのに、体中から溢れる魔力に自分の事を少し考えていた。
私は産まれた時から魔女だった。
使えない魔法なんか何もなくて、それがなぜなのかすら疑問に思わなかった。
産まれながらの魔女だとばかり思っていたのに、師匠そっくりなこの人に言わせれば、私は人間の子どもなのだそうだ。
ねぇ、師匠のそっくりさん。
半分だけ魔女の私でも気づけたことに、誇り高き魔法使いのあなたは気づけなかったの?
それとも気づいたのに目を背け続けてる?
魔法で人に苦しみを与えたのなら、あなたはそれに見合う苦しみを与えられなきゃならない。
魔法で苦しみを取り除きたくても、それでも私たちは何かを差し出さなきゃならない。
ここからは次の修行の課題なの。
何かを差し出す相手は誰なんだろう。
私に何かを与えるものは何なんだろう。
きっとこの修行の達成には相当時間がかかると思う。
でも、誇り高き魔法使いのあなたはわかってるんでしょう?……知ってるんでしょう?
だったら、私の仕事はここまで。
「…古より在りし愛の囚われ人よ、我は願う。愛に惑いしこの者を、その相応しき器で永久に慈しまんことを………」
呪文を唱え、溢れる光を手の平ごと床に落とす。
広がるのは巨大な魔法陣。
屋敷全てを飲み込むほどの巨大な力……
一際眩しい光の後に訪れたのは、完全な静寂。
まるで何もかもが消えてしまったかのような……消えて…あれ、消えた?
「……えーーっと…?」
ような…じゃなくて、光が消えた広間に残っていたものは………何もなかった。
ただ師匠にそっくりな顔が、ぼんやりと私を見ているだけだった。
…というか、広間だけじゃなくて屋敷がなかった。正直に言うと、屋敷の周りにも何もなかった。
「もしかして…やりすぎた?」
クルッと後ろを振り向くと、師匠が憤怒の形相でこちらを見ていた。
チラッとその隣のウィルを見ると、なぜか真っ赤な顔でディノの目を両手で押さえていた。
「…あのー…何かやりすぎちゃったみたいで、その、ごめんなさい……?」
師匠が飛んでくるより早く、ウィルがディノの隊服をひっぺがして飛んでくる。
「シャロン!こっち見ないで!」
「えっ?」
「シャロン!こっちを見なさい!!」
「えっ!?」
「見ないで!」
「ええっ?」
「見なさい!!」
「ええー!?」
自分が作り出しただだっ広い荒野の真ん中で、続々と連行されて行く魔法使い達を尻目に、私は土下座させられていた。
…ディノの隊服を首元までキッチリ着せられて。
「あなたという人はどうしていつもいつもいーつーも!こうなんですっっ!?頭を使え、加減をしろと、何度も何度も口をすーっぱくして言ってるでしょう!!だいたいさっきの魔法だって他に取るべきうんぬんかんぬんあーだこーだ」
「あ、あの、グレゴリー殿、今はそのへんでおさめて…」
「いいえ!今日という今日は言わせていただきます!いいですか!ここはクレインでは無いのですよ!あなたのしでかした事は国際問題です!こ く さ い 問題!!そもそも…あーでこーでこうでしょう!あーしてこーして……」
「グレゴリー殿、せめて彼女に服を……」
「お黙りなさい!!」
「……………。」
師匠のお説教はまだまだ続くなと頭の片隅で諦めつつも、せめてこれ以上の恥の上塗りは避けようと、私はこっそりローブだけは指を鳴らして取り寄せた。




