51.魔法使い
ウィル達の作戦はほぼ完璧だったのだろう。
今のこの状況は全て想定内だったということだ。
「…じゃあ、あの男の事も調べはついてるの?」
「ああ。君のお師匠が急いで調べてくれた」
絶対に離してくれない右手を引かれながら、私たちは広間へと走っていた。
「あの人…師匠にそっくりだった。隠し子かな…?」
「…それを言ったら本気で怒られて髪の毛ちょっと燃やされた」
ウィル…言ったんだ。勇気あるな。
「多分、イトコなんだろうって。多分っていうのは…100歳ぐらい歳が離れてるから存在すら知らなかったって。スケールが違うよね、なんか」
人間の国だとそうなんだろうな。クレインでは…けっこう普通かもしれない。
「師匠のイトコってことは……彼はいわゆる、王族ってことなのかな……」
そう呟けばウィルが驚いた声を出す。
「え!グレゴリー殿って王族なの!?…あんな感じでいいなんて…うらやま……いやいや身近にもいるじゃないか、あんな感じの人間が」
ウィルが何かブツブツ言っている。
「師匠は……先先代の女王の子ども。しかもお父さんが先先先代の女王の子どもっていう、生粋の魔法使いなんだ。だからすごく魔力が強い。変態なのが玉に瑕だけど」
ウィルが師匠からクレインの殆どの秘密を聞かされていた事には驚いた。
それを聞かないと本当の意味での共同作戦は難しかったのだそうだ。
「…シャロン、女王の件についてはまた改めて話そう。今は…黒の家に集中だ」
私は頷く。
今はウィル達と一緒に帰ることだけ考えよう。
ウィルと二人で広間に入った私の目に飛び込んで来たのは、床から天井へ無数に伸びた氷の柱だった。
…結界の中でこれだけ魔法を使えるなんて、本当にすごい魔法使いだ。
パチンッ
指を鳴らす。
と同時に一瞬にして消え去る銀世界。
隣に立つウィルも『えっ?』と驚いていたが、銀世界の主も驚愕に見開かれた目で私を見ていた。
「…お前は人間の子どもだろう。なぜ純粋な魔法使いでもないお前がそんな力を持っている」
私が……人間の子ども?
「お前は!裏切者が勝手に産んで勝手に死んでいった残りものだろう!!なぜ動ける!」
裏切者の、残りもの…。
「…シャロン耳を貸さないで」
「ウィル……」
ウィルの存在に気付いた銀色の瞳に、明からさまに侮蔑と怒りが浮かぶ。
「またお前らか、フェザントの羽虫が。リーシャだけじゃ足らなかったのか?……強欲だな。人間はいつだって強欲だ。醜く矮小な存在のくせに、いつも一番高いところに手を伸ばす」
ゴゴゴゴゴ…と足元が揺れる。
あの人の魔力が…増大してる…?
「ウィル、離れて!」
広間に続々と集まる憲兵達のところへウィルを飛ばすと、すぐさま彼らに防御結界を張る。
「出て来ないで!」
「シャロン!」
「大丈夫。アイツはフェザントの犯罪者!最後はウィルが逮捕して!」
ウィルが頷くのを見届けると、私は師匠と同じ顔と向き合う。
「どこの誰だか知らないけどね、あんたが思うほど魔法使いは万能じゃないのよ!あんたがかき集めた仲間はどうなった!?誰一人あんたを助けられないじゃない!!」
「……………。」
「あそこにいる人達はね!念話も出来ないし指先から炎だって出せない!でもあんたより強い!あんたより賢い!」
「…人間を庇うな!!」
鋭く尖った氷の礫が風を切って飛んでくる。
私はそれを指先で消す。
「お前らは…!それだけの力がありながら…なぜ人間なんかを選ぶ!」
吹雪と雷鳴が広間を覆う。
やはり素晴らしい魔法使いだ。
だけど…
「あなたは何もわかってないのね。ちょっと前の私とおんなじ。…この力が何だっていうのよ。私は粉からパン一つ焼けないし、何年生きたって…大人の姿になれない」
「…だからすぐに死ぬ人間がいいって?そんな理由でリーシャは私を裏切ったと?お前だってあの卑小で醜い男のどこが……」
「今……なんて言った………?」
「…は?だからリーシャが…」
「リーシャなんてどうでもいいのよ!だいたいさっきからリーシャリーシャ誰なんだっつうの!そこじゃない!!その後!!」
ドビシッと指を突き立てる。
全身からユラユラと魔力が立ちのぼる。
師匠そっくり男の瞳は明らかに小刻みに揺れている。
…誰が醜いって?
「…ウィルは……ウィルはカッコいいでしょうが!!」
異論は認めない!!




