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44.彼ら

 彼が部屋に入って来た瞬間から、師匠じゃない事ぐらいわかりきっていた。

 部屋に入って来た事自体が大問題なのだ。

 目的が何なのかはよくわからないが、遠回しにウィルを脅迫の材料に使うあたり、私のことをよく調べているのだろう。

 …自慢じゃないが、ファンがつくようなモテ人生は歩んで来なかった。…特に相手が魔法使いである場合。

 だから絶対に好意的な理由で調べられていない事はわかる。

 問題は、〝彼〟だったはずの魔法使いが、〝彼ら〟になった事ぐらいだ。


「やぁシャロンちゃん。初めまして、かな?僕たちは君のことよ〜く知ってるんだけどねぇ」

 金髪キザ男が白い歯をピカッと光らせて私の名前を呼ぶ。

「…初めましてですね。あなたみたいな特徴的な人、忘れるとは思えないので」

「あ、そう?みんなに言われるんだよね〜。こっちの女の子ってチョロいよね!」

「……………。」

「レオン、いい加減にしろ。コイツは人質だ。放っておけ。いいか、シャロンとかいう女。この邸には転移阻害の結界が張ってある。逃げようなんて思うなよ。黒焦げになりたくなきゃな」

 赤茶色の眼帯男…言いにくいな。海賊みたいな赤茶眼帯は、犯罪者としては至極真っ当だ。

「逃げなきゃ何しててもいいの?お腹すいたから何か食べてもいい?」

「…何だコイツ、緊張感ねーな。ま、ボスからは丁重に扱えって言われてんだ。勝手に食えよ」

 痩せた緑髪…舌噛みそう。ネギにしよう。ネギこそ何か食べた方が良さそうな体だが、しょうがない。私が頂こう。


 私はあえて呪文を小さな声で唱える。

「…来い来いリンゴやって来い…カムヒア!」

 …リンゴは出ない。

 なるほどなるほど、取寄せ魔法はダメか……。

「アハ、シャロンちゃん、まさか取寄せ魔法?使えないに決まってるでしょ!武器でも持ち込まれたら面倒じゃな〜い?」

 うるさいピカオ、わかってるわよ。

「…テリーがリンゴ好きだから食べさせようと思ったの」

 私はローブの胸元からテリーを取り出す。

 …正確には、テリーの細い毛を一本一本縫いつけた呪い人形を。

 人形に触れ、一つ目の呪いを発動する。

「チュチュ、チュ、チュ…チュ」

「……………。」

 若干鳴き声が機械っぽいが、見た目はフワフワお猿である。最高の逸品である。

「テリーごめんね。リンゴは無しよ」

「チュ…チュ」

 さてさて、ではどうしますかね。






 無我夢中で駆け出していた。

 本邸から別棟へと続く小道に差し掛かった時、痺れを切らしたグレゴリー殿が、僕とディノ、それからテリーを掴んで一瞬の間にシャロンの部屋の前まで転移した。

「…私が入る事ができるのはここまでです。あの子結界を解かず仕舞いですね。…腹の立つ!」

 その言葉にテリーがしゃくり上げながら目を見開く。

「…だから、だからシャロンは、さ、さいしょからおかしかったんだ!シャロンを、つ、連れて行ったヤツは、お師匠の姿だった!!」

「テリー…落ち着きなさい。しっかり記憶を呼び戻すのです。私は分身を呼び寄せます。今の魔力ではシャロンの結界を解けません」

 

 グレゴリー殿が何事かを口の中で呟くと、灰色の煙が無数に集まり出す。

 その煙を体中に取り込むグレゴリー殿。

 僕には魔法使いの力量なんて推し量る事はできないが、今までの彼と目の前の彼は、明らかに別人である事は理解できた。

「ウィル君、ディノ君、下がって」

 その声に二人で2、3歩後ずさる。

 見えない壁でもあるのだろう。グレゴリー殿が手の平を少しずつ壁に押し込むたびに、凄まじい量の光線が飛び散っている。

「…ったく、だからあの子は怪物爆弾なんですよ!!」

 叫び声とともに最後の明滅が消える。

「…行きますよ。あ、私以外は皆さん最初から入れるんでしたね。まぁいいでしょう。では中へ」

 

 先ほどまではとても焦っていて生きた心地がしなかったはずなのに、目に入るものが規格外すぎて逆に段々と頭が冴えてきていた。

「テリー、最初から詳しく話してくれる?」

 皆で踏み入ったシャロンの部屋。

 飾り気は無い…というか少し薄気味悪いタペストリーが大切そうに飾られているだけだ。

「ウィル…シャロンはちゃんと、ずっとベッドで勉強してたんだよ?本当だよ。…だからこんな事になったのかな」

「……………。」

 テリーの言う通り、ベッドの上は沢山の書き付けで溢れていた。

「…主、捜査の基本から行きましょう。遺留品の確保から」

 僕は頷く。

 魔法は使えないけれど…僕らのやり方で彼女への手掛かりを探すんだ。


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