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43.動き出す

「…ウィル君の推測はほぼ間違いありません。ですが、事実は私の口からはお伝えしません。シャロンが自分でその事実に気づき、その時に打ちのめされていたら……助けてやって下さい」

「…わかりました」


 聞きたいことはたくさんあった。

 僕にここまで教えておいてあとは自分で気づけなんて、彼は根っからの師匠気質なんだろう。

 シャロンのことを心から憂い、そして慈しんでいる事は間違いない。

 だけど手取り足取り安全な道を歩かせる事はしない。

 …彼女にただ優しくするだけのその役目は…僕に託されたのだろうか。

 僕が彼女を望んでいいと。次代のクレインの女王候補である彼女を。…でもそれは彼女の幸せに繋がるのだろうか。

 だって僕は……この国を出る事ができない。



「それでは本題に戻ります。黒の家の包囲自体は優秀な魔法使いを集めれば難しくありません。ただ…一つだけ問題があるとすれば……」

 

 僕はざわざわする心を押し留めて、国防大臣の顔に戻ったグレゴリー殿の前で再び大佐に戻った。






「シャロン、あなたに話があります」

 

 ウィルと例の話とやらをしているはずの師匠が、何故か私の部屋の中にいる。

「…なんですか?」

「大事な話です。外に出られますか?」

「外に…?」

 

 突然現れた私と師匠の会話に、テリーの耳がピクッと動く。

「お師匠、シャロンは病み上がりなんだよ?また風邪を引いてこれ以上馬鹿になったら僕の手に負えなくなっちゃうよ」

「…(うぉいテリー、心配の仕方が雑なんじゃないの?)」

「…(え、なんで念話?)」

「師匠……私…ケホケホ、あまり体調が良くなくて…。明日じゃダメなんですか…?シャロン…苦しい……」

「(え、シャロン?ちょっと何!?気持ち悪いんだけど!!)」

「明日じゃ遅いのです。あなたにとっても大事な話です。…この邸の主人の件ですから」

「…ウィルの件?」

「そうです。大事なことでしょう?」

「…わかりました。着替えてもいいですか?さすがにこの格好で外に出ると怒られてしまいますので」

「ええ、もちろんです」

 

 鞄を開けてローブを取り出す。

 クレインで着なれた灰色のローブ。…師匠が作ってくれた特別なローブ。

 それともう一つ思い出の品をローブの中にサッと隠す。

「テリーを連れて行ってもいいですか?私たちは一心同体だから。(テリー、今から起こることをしっかり見ていて。いい?騒いじゃダメよ)」

「チュー…(シャロン…?)」

 

 ウィルとの約束を守れなかった。

 約束を破ったらドロドロに溶けてしまうのだろうか。

 …でも例え溶けたとしても彼の事は守らなきゃならない。


「もちろんです。さあいらっしゃい。私の可愛いシャロン……」

「!!(シャロン!!行っちゃダメだ!!この人はお師匠じゃない!!)」

「(テリー!騒がないで!いい!?しっかり見るの!伝えて!ウィルと…師匠に!)」


 師匠の姿をした得体の知れない誰かと一緒に転移する瞬間、私は肩に乗ったテリーを投げ飛ばした。

 痛かったらごめんね。

 …心配しないで。私は大丈夫だから。

 





「…包囲したところで意味がない、という事ですね」

 フェザントが何十年もかけて辿りついた結論だ。

「その通りです。転移魔法…わかりますか?」

「ええ」

「そもそも転移できる人間を包囲する事に意味が無いのは当然の事。しかしながら……」

 グレゴリー殿がおそらく作戦の肝を口にしようとしたその時だった。

「開けて!!お願い開けて!!シャロンが!!シャロンが…!!」

 今にも泣き出しそうな悲鳴のような声が執務室前の廊下に響き渡った。

「テリー…?」

 ただごとでは無い叫びに慌てて3人で廊下に出る。


「テリー、どうしたというのです。そんなにボロボロになって……」

 グレゴリー殿が言うように、テリーの手足は傷だらけである。よっぽど急いで別棟から走って来たのだろう。

「テリー…?シャロンがどうしたの?」

 言いようのない不安が胃の底から込み上げて来る。


「シャロン…シャロン!!シャロンが!!誘拐されちゃったんだよーー!!うわーん!!ぼく使い魔なのにシャロンを守れなかったーー!!うわーんうわーん!!」

 

 泣き叫ぶテリーの声が、真っ白な頭の中にいつまでもいつまでも響いていた。

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