42.女王
「クレインは、二つの体制が微妙なバランスで成り立つ、とても厄介な国なのです。私のように人間に興味があり、文化を知りたい、他国と関わりたいと考える魔法使いと、魔法使いこそが至高の存在だと考える保守的な魔法使いが、お互いを牽制し合いながら何とか共存しています」
グレゴリー殿の話を聞きながら思う。
それはどこの国でもあり得る話だと。
フェザントだって例外じゃない。新興の商人や学者が持つ力は、旧体制を維持しようとする貴族を凌駕しようとしている。
「その体制を支えるのが、圧倒的な力を持つ一人の女性の存在です。…我々は……女王と呼んでいます」
「女王…?共和制の国に…女王が?」
少しの驚きを持ってグレゴリー殿に問いかける。
「だから、呼んでいるだけ。しかしながら確かにそこに在る…つまり魔法使いの象徴みたいな存在です。クレインの魔法文化の象徴で、自由と束縛を極端に嫌う魔法使いを絶大な魔力で黙らせる事ができる存在。クレインは明文化されていないだけで、実態は……女王が治める国なのですよ」
一呼吸置くグレゴリー殿の目線がやや下を向く。
「そんな魔法使いの圧倒的な力の象徴であった女王が…300年前に急に人間社会に融和的になった。他国と混じることを良しとしなかったクレインに、政治体制を構築し、外交の窓口を設け、他国の文化を取り込み始めた。まぁ私としては別に構わないのです。私は人間が嫌いではありませんから」
「だけど、全てのクレインの民がそうは思っていない、という事ですね」
グレゴリー殿が頷く。
「だから彼らは考えた。次代の女王を自ら立てればよいのでは……と」
「新しい女王を立てる…?そんな事が可能なのでしょうか」
「言ったでしょう。彼女たちは明文化された存在では無いと。顔を合わせた魔法使いが恐怖を感じるほどの魔力を身に宿している事、これのみが女王である条件と言えるでしょう」
「やはりよくわかりません。そのこととフェザントの民が誘拐される事の関連が」
グレゴリー殿が眉根を寄せ、大きな溜息をついた。
「だから……シャロンですよ。あの子は……そう、人間の子どもなのです。人間と魔女の間に産まれた、それこそ圧倒的な魔力… 純粋で凶悪な魔力を持つ…次代の女王候補です」
ーーー!!
「彼女が産まれた日、クレインには激震が走りました。純粋な魔法使いが蛇蝎の如く嫌悪していた普通の人間の血を引く子どもから、近寄る事すら出来ない程の魔力が溢れ出していたのですから。…だからね、私が育てる羽目になったんですよ!わかるでしょ!?私の苦労が!!私が世界一優秀な魔法使いだったばかりに……!!」
シャロンが人間と魔法使いの間の子どもで、次代の女王候補………。
300年前に人間に融和的になった女王の存在、そしてグレゴリー殿のあの言葉……。
「グレゴリー殿、一つ僕に話していない事がありますよね。あなたは、いくら普通の人間を誘拐したところでシャロンのような子どもを産ませる事が不可能だと知っているはずだ」
金色の瞳が妖しく光る。
「…だから陛下の前でも述べた通り、誘拐された民はこちらに戻って来る。これから産まれて来るかもしれない子どもの事など気にもせずに」
「…ほう。なるほど」
「それともう一つ…。あなたはシャロンを豆粒の頃から育てたとおっしゃった。面白い比喩だとその場では受け流したのですが…事実、そうなのではありませんか?彼女は…いったい何年間母親のお腹の中にいたのでしょう」
金色の瞳が、今にも炎が噴き出しそうなほど激しく揺れる。
灰色の髪がゆらゆらとはためく。
事態の変化を感じ取って、ディノが後ろ手で僕を庇う。
しばらく後、激しく揺らめいていた瞳の炎が、張り詰めていた緊張とともにフッと緩んだ。
「合格…ですね。私もシャロンではなくて、あなたのような聡明な弟子が欲しかったものです」
「…それはどうも」
「シャロンを見ると、悲しみ…なのでしょうか、言葉にする事が難しい感情に駆られて、冷静ではいられなくなります」
彼の金色の瞳は、逸らすことなく僕の顔をじっと見ながらも、遠くに行ってしまった誰かを重ねていた。




