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41.美しきサンドラ

 ベッドの上でひたすら文字を書いていた。

 自分の頭の中に入っている、古い記憶を取り出しながら。

 記憶魔法で頭の中に入れた本の内容は、それだけでは使い道が無い。必要な時にそれらを取り出して、知識として定着させなければ、ただの文字列の固まりにすぎないからだ。

 …私はこの作業がとにかく苦手だ。

 テリーは『だから馬鹿だって言われるんだよ』なんて言うが、私に言わせてもらえば、1日に100冊以上の本を与えられても、何が大事で、どれを引き出せばいいのかなんてわかるわけがない。

 …全ては師匠の育て方が悪い。間違いない。


 鞄からテリーが拾い集めた古紙をまた一枚取り出す。

 魔法でその文字や絵を消し白紙に戻す。そこにひたすらペンに流し込んだ記憶を書き写す。

 どこかにあるはずなんだ。〝約束〟にまつわる魔法の記述が……。

 気づけばベッドの上は大量の書き付けでいっぱいだった。

「……はぁ。これだけやってもダメ。頭の中の情報が多すぎる…」

 だから本は嫌いなんだ!!


 ぐちぐち愚痴を呟いていると、ガチャっと入り口の扉が開く。

「わ!シャロンが本当にベッドにいる!えっ勉強!?風邪の副作用!?」

 なんだ、失礼なお猿じゃないか。

「どういう意味よ。調べものくらいするわよ、私だって」

「調べもの…?シャロン、やっぱり具合悪いんじゃ……。調べる前に取りあえずぶつかって後悔するのが君のスタイルだよね…?」

 …心配の仕方が失礼すぎる。

「違うの!もうぶつかった後なの!だから調べてるんじゃん!」

「ふーん……」

 そう言いながらお猿がピョイっとベッドに登って来て、散らばる紙を拾い上げてしげしげと眺める。

「わー、懐かしい本の内容だね。『美しきサンドラ』じゃん。なになに、調べものって童話?」

「はー?サンドラぁ?誰よそれ」

「シャロンがちーーいさい頃、毎日お師匠に絵本を読んでくれってせがんでたじゃないか。ただねぇ、君の感性は独特で……」

「私が!?師匠に!?ちょっと貸して!」



『サンドラは自分がとても美しいことをじまんしていました。ある日、サンドラは3人の王子さまからプロポーズをされたのです。サンドラはどの王子さまがいちばん自分にふさわしいか試すことにしました。

 1人目の王子さまには国でいちばん美しい宝石を、もう1人の王子さまには国でいちばん美しいドレスを、最後の王子さまには国でいちばん美しい音楽を、自分におくるようにたのんだのです。

 この中でいちばん美しいものを持ってきた人に、美しいわたくしをさしあげます。そう3人にやくそくしたのです。』


「ああ、何となく覚えてる。たしか王子たちが持って来たものは、それぞれの国で一番美しいものだったんだよね。大勢の人が比べたけど勝敗がつかなくて……」

「そうそう、それでサンドラは約束を守れなかった罰として永久に美しい姿を失った…っていう、いわゆる子ども向けの啓蒙本だね。普通はさー、子ども心に絶対に約束は守ろうって思うもんなんだけど、シャロンはさ、サンドラの顔がドロドロ溶ける描写で爆笑してて…。あの頃から頭悪かったんだろうね」

 ほんとに失礼なお猿だけど、今は聞き流そう。

「……ねぇテリー、これって魔法使いならみんな知ってる話?」

「そりゃそうでしょ。魔法使いにとって〝約束〟は唯一の縛りじゃないか。…あ!!シャロンもしかして魔法についてわかったの!?」


 テリーが大きな目をこれ以上は物理的に無理だと言うほど見開いて私を見ている。

 テリーの言わんとする事はわかる。

 何かが…何かが私の中に降りてきそうなんだ。あと少しで…!

「…約束が縛り。魔法を縛る?違う、使う人を縛る…。どうやって?どうやって縛る…?」

「シャロン、頑張れ!シャロンが今日一日ベッドにいるのはどうしてなの!?」

 私がベッドにいるのは…ウィルと約束したから。約束を守ったら…ウィルが透き通る魚を……

「約束を守ることで自分を縛る。そうすれば望んだ結果が手に入る。…つまり魔法は…契約……」

「シャロン!!シャローーン!!そうだよ!そうなんだよ!魔法は双方向契約なんだ!!片側だけでは完成させられないんだよ!!」

 片側だけでは完成させられない……。

 私が約束を守ったら、ウィルも約束を守る。自分の欲しい結果を得るためには、自分も何かを提供する。

 それが、魔法の…真髄。

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