38.師匠
ああ、これはいつのことだっけ。私がまだヨチヨチ歩きだから…60年くらい前か。
確か指先から火の玉を出す遊びに夢中で、師匠の人形コレクションを燃やしたんだった。
そうそう、走り回れるようになってからは友だちが欲しくなって、師匠の人形コレクション全部に足が動く魔法かけたっけ。
思い返せば師匠には、百数十年の間……変態魔法使い以外の感想は持った事ないな。
という夢を見ていたはずなのだが、突然パチッと目が開く。
そして眼前に迫る金色の瞳と目が合う。
え…あれ?まだ夢の中?師匠が…真顔…!?
「師匠ごめんなさいっっ!変態とか思ってないです!少ししか!!」
ガバッと起き上がり頭を下げる。
急に起き上がったからだろうか、頭のフラフラが激しくなり、そのまま布団に突っ伏した。
夢の中なのに…?
「シャロン!!あぁ何という事でしょう…。こんなにあっけなく死ぬならとっとと野に放っておくべきだった…!」
「お師匠!冗談言ってる場合じゃないよ!何でシャロンはこんなに熱いの!?呪いじゃないの!?」
「うーむ…わたしが呪うならもっと面白いことをしますね。変態らしく。ねぇシャロン、わかってるんですよ?寝たふりでしょう!?さあ起きなさい!!」
急に体が宙に浮く。天井あたりでグルグル回される。
こいつは…本物の…師匠だ。なぜここに…?
テリーめ…!連れて来るなって言っただろう…?
あー…魔女にしては短い人生だったな………。
「シャロン?シャロン?おや、おかしいですね。いつもなら床を水飴に変えたりして人をイライラさせるのに」
……………。
「シャロン…?」
師匠がおデコを指でツンとする。
「あっつ!!」
…さわるな。
「シャロン!シャロン!あなたどうしたって言うんです!こんな所で死んでどうするんですか!?死ぬ前に私に何か言うことがあるでしょう!」
…どっか行って。
「シャロン!」「シャロンちゃん!」
バタンと扉が開く音とともに、聞き慣れた声が飛び込んで来た。
「ああ、お二方、残念ながらシャロンは……」
師匠の声を無視して足音が近づいて来る。
「シャロン、ちょっと失礼するね」
ウィルが手の平で私のおデコを触る。
「……風邪ですね、多分」
「「風邪……?」」
師匠とテリーが見事にハモる。
「ディノ、ジェームズに医師を呼ぶように伝えて。それからお二人は…少し出て行っていただけます……?」
あぁ、今日ほどウィルを頼もしく思ったことがあっただろうか。
「…ウィル、頭痛い。熱くてクラクラする……」
ようやく静かになった部屋で弱音をこぼす。
「だから言ったでしょ?冬の夜に薄着でウロウロしちゃだめだって。もうすぐ医師が来るから、とりあえずそれまでは横になってるんだ」
こくんと頷いて枕に頭をうずめる。
「…ごめんなさい」
私がポツリと呟くと、ウィルがふっと笑った。
「いいんだよ。…僕がいる時なら」
「…?」
ウィルの最後の呟きはよく聞き取れなかったけど、そっと頬に触れられた手が冷たくて、それがすごく心地よくて、私はその手を頬に握りしめたまま再びまどろみの中へ落ちていった。
「ウィル!!シャロンどうだった!?」
「テリー、大丈夫だよ。医師もただの風邪だろうって。薬も飲ませたし、しばらく眠れば良くなるよ」
廊下をかけて来たテリーを腕に乗せ、頭を撫でながら落ち着かせる。
公爵邸に着いた途端勝手に転移して消えてしまったグレゴリー・マクベルクを追ってディノと二人で別棟まで走ってみれば、扉の外まで彼らが大騒ぎする声が響いていた。
正直、クレインにはまともな人間はいないのかと思った。
ああ、確かに普通の人間はいないに違いない。
「ちょっと、大佐はウィルくん…でしたっけ?どうしてあなたは少し見ただけで風邪とかいうものがわかったのです?目に魔力でも宿して…見た感じ普通の人間に見えますけど。あ、もしかして新たに人間の国で何か発明されたのでしょうか。よかったらそれをちょっとお貸しいただきたく……」
…なるほど、これがクレインの常態なんだな。
まぁ彼が距離感ゼロの変人であっても、聞きたいことは一つだけ。
「……それよりあなた、誰なんです?」




