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37.謎の大臣

 絶対この人は昼から酒が飲みたかっただけだろう。

 そう確信せざるを得ないほど、賓客をもてなすための最高級のワインを手に陛下は上機嫌である。

 …果てしなく面倒くさい。昼餐だと?もう夕方近いじゃないか。

 そういうものだとわかってはいても、先に進めるべき議題を前に足踏みするこの状況を好きになれそうにはない。

 まぁ、裏では両国の官僚が話を詰めているのだろうが。


 そんな和やかだが私には苦痛な昼餐も終盤に差し掛かった時だった。


ガタンッッ!

 突然マクベルク大臣が音を上げて立ち上がる。

「…なんですって!?」

 静かに、しかしながら十分に焦りを含んだ声で誰かと話し始めた。

 …いや、外からは独り言にしか見えないのだが。

「…テリー、落ち着きなさい。あ、すみません。緊急の通信が入りましたので少しだけ中座させて頂きます」

 にこりと微笑むと、マクベルク大臣が足早に昼餐会場の外に出る。

 …今テリーって言わなかったか?いやテリーはよくある名前だが……。

「陛下、大臣に案内が必要かもしれませんので私も後を追います。…お酒はほどほどに」

「お、おお?いや、近衛に任せれば……」

 ブツブツ呟く陛下を残して、私はマクベルク大臣の後を追った。



 目的の人物はすぐに見つかる。ディノがちゃんと把握していたからだ。

 アイツは軽口さえなければ優秀な影なんだがな……。

 マクベルク大臣が大階段の下でヒソヒソと話す内容を、柱の影から二人で聞き耳を立てる。

「…シャロンが死ぬってどういうことです!あの子が死ぬわけないでしょう!…解呪できない?発火しそう?ええ、ええ、それで?」

 聞こえて来る単語の一つ一つをよく知っているだけに余計に衝撃的で、僕とディノは目を合わせたまま動けなくなっていた。

「…わかりました。少し待っていなさい」


 再び大階段下を覗けば、通信を終えた大臣が……いない?

 たった今まで階段下にいたというのに?

「……というわけでお二人さん、話はわかりましたよね?私を案内していただけますか……?」

「「!!」

 突然背中から、丁寧だけれど凄みのある声がかかった。

 バッと振り返るとそこには想像した通り、にっこりと微笑むグレゴリー・マクベルクが立っていた。



 私の優秀な影は、先ほどまでの異様な光景を見ても、一言も口を開かなかった。…多分現実逃避しているのだろう。

『せっかく陛下に開いて頂いた催しです。礼を失する訳にはいきませんね』

 そう言って彼は……分裂したのだ。


「大丈夫ですよ、半身でも。そもそも連れて来た使節団も全員私ですから」

 車の後部座席で、もはや意味がわからないどころでは無い話をさも当然のように語る彼を乗せて、僕は公爵邸へと向かっている。

 隣のディノは…やや目が開き気味だが、前をしっかり見て車を走らせている。


「…シャロンはこの国の人間から見てどうでしょう」

 グレゴリー・マクベルクが唐突に聞いてくる。

「どう…とは?」

「それは色々あるでしょう。頭がおかしいとか年齢詐称とか奇人変人とか……」

 彼女とどんな関係かは知らないが、すごい言いようだ。

 すぐに否定してやれなくてシャロンには申し訳ない。


「えっと、シャロンちゃんは超可愛いですよ!ね?主!」

「………………。」

 おい、ディノ。口を開くな、気絶しろ。安全運転を確保してすぐに召されろ。

「可愛い?シャロンが?あの怪物爆弾みたいな子が?貴方もそう思うのです?大佐」

「………可愛いですよ」

 なんなんだ、この距離感無視の男は。

「へえ〜……。本当に人間は目が悪いんですね。クレインでは婿を探すのも一苦労ですよ。何せ……」

「「婿?」」

「え?まさかあの子に嫁は探さないでしょう。おそらく性別はメスです。それにしてもこの乗り物は面白いですね。その丸い何かで動かすんですか?クレインに持って帰っても使えるんでしょうか。どうすれば手に入りますか?」

 

 車の話なんかどうでもいいから、あなたは一体誰で、シャロンとどういう関係で、なぜあなたが婿を探すのか、とにかく詰問したかった。

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