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34.恋文

「むー!笑う前に止めてよね!」

 

 目の前でプリプリ怒る彼女がとにかく可愛い。あの小さい顔のどこに収まるのか、明日の昼にでもと買ったつもりの焼き菓子が、みるみる口の中に吸い込まれていった。

 黙っていれば道行く人々が振り向くほどの容姿を持つのに、全くそれに構わない幼さとあどけなさ。

 そうであるのに頑なに自分を大人だと言い張る認識のズレ。彼女は…とにかく危なっかしい。

 危なっかしい人間一人一人に手を差し伸べていたら切りがない事ぐらいわかっている。

 だけど彼女を手元に置いておきたい。…いや違うな、彼女の世界に僕も入れて欲しい、が正しいか。


 こっそり禁書庫から持ち出したギルバート・ウォーブル…彼がウォーブル公爵として生きた時代の手紙。

 それをじっと見ながら彼女は何事かを真剣に考えている。

 …この手紙から魔力を感じる、そう言っていた。


「これはクレインの文字なの?外交文書なんかとは随分違うように見えるけど」

 そう問えば、シャロンが眉根を寄せたまま応える。

「うーんと、厳密に言えば…そう」

「…厳密にはってどういうこと?」

「ええと、クレインには二つの文字があって、頭のいい人が使う文字と、普通の人が使う文字が…あるの」

「頭のいい人…?」

「ちなみに私はちょっと前まで天才だったので両方使えます」

「……へぇ」

 認識のズレ……。


「ああ、なるほど。頭のいい人っていうのは他国との外交を担ったり、法律を作ったりとかそういう人のことかな?」

「た、たぶん?そこはテリーの得意分野だから…」

「じゃあこの手紙は、普通の人々が使う文字で書かれている、と」

「そう、クレインでは普通。だって魔法使いの文字だし…。でも、だから変なの」

「え?」

 魔法使いの文字…?

「だって、これを書いたのは…ギルバート・ウォーブル、だもん。魔法使いの文字は一つ一つが魔法陣みたいなものだから、フェザントの人が覚えるのはすっごく大変だと思う」

「……………。」

 ギルバートが魔法使いの文字を…?


「…手紙、読んでみるね」

 そう言ってシャロンが紙面に目を落とす。


『あなたがもう戻らないことはわかっている。私は私が生きた証として、あなたとの約束を果たすことをここに誓おう。いつの日か、私とあなたの運命が再び交わらんことを…。

変わらぬ愛を込めて ギルバート・ウォーブル 』


 これは…恋文?

 だけど相手には届かなかった?

「ウィル…?」

「あ、ああすまない。…せっかく書いた手紙も、結局は届かず仕舞いということか……」

 僕の呟きに、シャロンが首を横に振る。

「ウィル、返信は…来てる」

「え?」

 手紙は一枚だけなのに返信が?

「ちょっと目を瞑ってて。よく見えるようにするから」

 目を?頭に疑問が浮かんだ時には既に遅く、彼女の指先がフワっと瞼に触れる。

「こうした時に、何となく紙が光るのわかる?」

 おもむろに紙を水平にして僕に見せてくる。

 紙が光る?くすんだ古紙が光る…。

 彼女から手紙を受け取り、角度を変えて紙の変化を見る。

 数度の試行のあと、両手の手首を少しだけ傾けた時だった。

「あ…わずかにだけど、紙の表面がキラキラしているような……」

 シャロンが頷く。

「これは間違いなく〝なぞなぞおてがみ〟よ!」


「なぞなぞおてがみ……?」

「そう。子どもの遊びでよくやるんだけど…。ええとこの場合、ギルバート・ウォーブルが送った手紙のどれかの言葉に魔法をかけてあるの。魔法を解けた人だけが返信を読むことができるように」

「暗号…みたいなもの?」

「あんごう…フェザントではそう言うの?クレインでは鍵って言ってた。手紙をやり取りする二人だけにわかる鍵の言葉を探して、魔法を…解く」

 彼女が少し俯く。

「ウィル、この手紙…返信部分は読まれてないみたい。…なぞなぞが解けなかったんだと思う」

「返信が読まれていない事はどうしてわかるの?」

「紙が光ったでしょう?かけられた魔法が…解けてないの。だから……」

「…ギルバートは、出した手紙が届かずに舞い戻った…と思っている、か」

 これは…途端に切ない恋文になった。


「…ウィル、この手紙の魔法は私でも解けない。私より力のある魔女によって鍵がかけられてるから。手紙からものすごい魔力を感じる。…怖いくらいの」

 クレインに、シャロンより力のある魔女が何人いるのかはわからない。

 だけどただ一つだけ確かなことは、ギルバート・ウォーブルが妃を迎えることを長年拒否するほど愛した女性は…魔女だった、という事だ。

 

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