32.禁書庫
「珍しいなウィルフレッド、お前が登城するとは。至急の用でもあったか?」
「いえ。少々調べ物をするために禁書庫へ」
「…禁書庫?儂に会いにも来ず本探し?…どういうこと?」
「…陛下、威厳……」
「だってここお前の部屋だし、疲れるの嫌いだし!」
「…陛下?」
「ええい堅苦しい!パパって呼ばんか!」
「…はぁ。何処の世界に成人した息子にパパ呼びを強要する父親がいるんですか。少しは落ち着いて下さい」
溜息が止まらない。正直言って子どもの頃からこの人が苦手だった。
およそ一国を預かるとは思えない軽い口調、思慮の足りない言動、我が道を突き進む行動…。
この人と親子だというだけで、彼を支える運命を背負わされるこっちの身にもなって欲しい。
「…お前は王妃そっくりだ。いつも落ち着き払ってツンツンしおって。…それより何を熱心に読んでおる」
「…先祖の手記です」
「手記ぃ?はー?どれどれ、ギルバート…ああ、ギルバート。王家を断絶の危機に陥れた古い王か」
「えっ?」
断絶の…危機?
「知らんのか。お前と同じようにいつまで経っても妃を迎えず、あわや我が一族は滅亡するところだったんだぞ。だからそろそろ……」
「陛下!その話詳しくお聞かせください!」
「え、いや大事なのはこのあとの……」
「そこは大した問題じゃありません。今はこの先王の話の方が重要です!」
もしかしたらクレインとの関係の謎が解けるかもしれない。なぜ彼があの家を借り続けたのか、誰のために住まいを用意したのか…。
とにかく側にいるだけで鬱陶しい父親…フェザント王国現国王陛下。
普通であれば先触れを出し、了承を得ないと会えないはずの王。
だけどあの人は突然僕に会いに来る。
やれあの国の使者の土産が気に入らないだの、王妃の機嫌を取るために市井の菓子を用意しろだの、話の大半がくだらない。
かと思えば黒の家を潰せだの、議会を荒らす貴族の弱みを握れだの、振れ幅が大きすぎるのだ。
距離を取るために滅多に公爵邸から戻らないようにしているが、今日は…あんな王でも会う価値があった。
「ディノ、今僕らが暮らす王都は300年前は何だったか知ってるか?」
「はっ。確か…ただの一地方領地だったかと…」
「そう…旧ウォーブル領」
今は王都として栄えるこの地も、元を辿ればただの地方領だった。
この地への遷都のきっかけとなったのは、長きに渡る戦争で以前の王都の荒廃が著しかったためだ。
『王の経歴表を見よ。ギルバート王は三男だろう。戦禍で兄二人を亡くして繰り上げで王位を継承しとる。ほらほらここ!ここが重要だ!この王は40を過ぎてようやく妃を迎えたんだぞ!後継はたった一人!ギリギリだ!儂は前陛下からギリギリギルバートと教わった。お前もギリギリウィルフレッドなどと後世で呼ばれたくなければ早く…こらっ!何処へ行く!』
ギリギリギルバート…先祖に対して何て失礼なんだうちの一族は…。
そもそも自分だって子どもは僕一人じゃないか。
今は戴冠までの繋ぎとして身を置くウォーブル公爵籍だが、おそらくギルバート・ウォーブルはその名の通りウォーブル公爵として一生を過ごすはずだった。
王位を継承しても妃を迎えなかった理由なんて決まりきっている。
…彼には相手がいたはずだ。表に出すことの出来ない、もしくは表に出ることを良しとしなかった女性が…。
禁書庫に並ぶ歴代国王の手記。
表の歴史には決して現れない、時代の王が残した真実と感情の吐露。
彼の手記に挟まれた、この読めない手紙は誰に宛てたものなのだろうか。
「邸へ帰る」
「はっ!」
「…土産がいるかな……」
「ははーん」
「…なんだよ」
胸に忍ばせたこの手紙を開くには、何かしら釣り餌が必要なだけだ。




