31.粉から生み出す
じー………。
「あの、シャロンさん、手元をそうじっと見られると、作業しづらいというか何というか……」
「お気になさらずに!」
じー………。
私は今、厨房にいる。
このやたらと広いウィル邸。
もちろん使用人は執事のジェームズさん以外にもたくさんいる。覚えられないから脳味噌が存在をシャットアウトしていたが、私は彼を覚えた。
料理人のニールさん。彼は恐らく…魔法使いだ。
「(何馬鹿なこと言ってんの。彼は普通の人間じゃないか)」
「(いや、そんなはずない。あの粉からあらゆる物を生み出すなんて、魔法よりもすごいじゃない!)」
きっかけはやっぱりウィルと出かけたケーキ屋だ。キラキラのケーキに感動する私に彼はこう言った。
『手元にパンがあれば、魔法でケーキに変えられるんじゃないの?』と。
またまたウィルさんよ、何を馬鹿なことを…と思ったが、パンとケーキは同じものから出来るという事実に私の目玉は飛び出しそうだった。
なんてことだ、なんてことなんだ!こんな所に魔法とは何たるかの真髄が隠されていたなんて…!
それからは暇を見つけてはニールさんの厨房に張り付いている。
「ま、着眼点は悪くないね」
部屋に戻るなりお猿が上から目線で言う。
「それで?魔法とは何なのかわかった?」
うむむむ…むー………。
「粉がパンになる」
「うんうん」
「粉がケーキになる」
「うん…うん」
「粉が麺になる」
「…うん」
「…ということ」
「………アホか!!」
いや、わかってる。言葉にするのが難しいのだ。
「テリー、ちょっと待って。こう、なんて言うか、私は粉の部分を知らないのに、パンが出せる…的な状態なのかな、と…」
お猿の目が丸くなる。
「…シャロン!君、わかって来たじゃないか!そうなんだよ!君は産まれながらに全ての魔法が使えたせいで、その大事な部分が足りないんだよ!」
「うーん…その粉の部分がわからないと何でダメなのかはわかんない」
だって、結果として一番早く目的を達成できるのに。
「なるほどね。シャロン、何も無いところからパンを一つ出すために施される術式が何個あるか想像できる?ニールさんの手元を思い出してごらん」
ニールさんの手元…。
「粉を手元に用意して、バターと水と砂糖と謎の何かを入れて、こねて、丸めて、プクーとさせて焼く…から6個?」
「…外れ。詳しい工程は色々なパターンがあるから省くけど、まず粉は何処から来るのさ。粉だけじゃない。水もバターも何処かから取り寄せるか、一から作るんだろう?」
「…!」
「つまり、何も無いところから材料を集めるだけでも、必要な術式はとーーっても長くなる。ここはわかった?」
わかった。すごくよくわかった。
私は思いっきり頷く。
「これが魔法の歴史だよ。古代の魔法使いはひたすら術式を書いてきた。今はこの術式が無くても、君の場合は指パチン、普通の魔法使いは陣か呪文を唱えればパンが出せる」
「おお…!」
テリーがカッコ良く見える…!
「はい、ここで最後の課題。なぜ術式が無くてもパンを出せるようになったのでしょう?」
「は…?」
「恋と結婚はどう違うのでしょう?」
「はあっ?」
「未来視を成功させるために足りないものは何でしょう?」
「はいー!?」
「全部答えは一緒。楽しみだなぁ!近づいてるね!卒業が!僕も早く本を読んでしまわなきゃ!」
「…………。」
ふふふ、あーなるほどね。最後の課題ね。
…ぜんっぜんわからん。
「ちなみにテリーちゃん…?もし残り期間で課題がわからなかったら……」
「は?何言ってんの?馬鹿も休み休み言いなよ。わからなかったら…じゃなくて、わかるまで寝ずに考えるんだよ!本を読め!手を動かせ!結果を出せ!」
「ひ〜!!」
あの可愛いかったテリーは何処いったのよ〜!!




