30.一房の花
おいしいケーキを食べながら、私たちはクレインとフェザントの文化の違いなどの話で盛り上がっていた。
ウィルが一番驚いていたのは、クレインでは子どもを育てるのは〝師匠〟と呼ばれる魔法使いであることが一般的で、産みの親とは一年に数回会えばいい方だ、という下りだった。
「じゃあシャロンもその師匠に育ててもらったの?」
「育ててもらったというか、現在進行形というか……」
「どういうこと?」
「…修行中の身なので」
「修行…確かテリーもそんなこと言ってたね。具体的に何を修めれば一人前なの?」
何を…何を…う〜む…。
「ウィルに話すのも変な話なんだけど、私、実は天才だったの」
「……へぇ」
へぇ、じゃないってば。
「信じてないでしょ!そうでしょうね!でも何でかは秘密!キミツジコウだから」
「…君相手だと諜報活動も楽だろうね」
満たされたお腹を抱えながら、円形の広場をブラブラ歩く。
「とにかく!私は生まれた頃から天才で、何でもできたの!こうやって……」
パチンと指を鳴らす。
取り出したのは一房の花。
目を見開くウィルのジャケットの胸ポケットにそれをさす。
「とにかく、何だってできる…はずなのに、私は魔法が何なのかちっともわかって無いって。未来視だって失敗しちゃったし……」
「…え?」
未来視…未来視?
「あーー!!ちょっとウィル!こんな事してる場合じゃないでしょ!!こんなところ彼女に見られたら…!!」
「は?」
「私は修羅場とかごめんだから!!さっ、早く帰ろう!走って!…転移…いやダメダメ!やっぱり走って!」
「ちょ、ちょっとシャロン、彼女って…」
「何言ってんの!リーナさん!恋人なんでしょ!?」
「……は?」
「あーるじ、どうでした?可愛い女の子とのデートは。僕に感謝してくださいよねって、どうしたんですか?何かこの部屋ブリザード吹いてます?」
「……………。」
「あ、珍しいですねー、花なんか飾って。なんですっけ、これ。よく見るような……」
「触るな」
「はい!?何なんですか!怖いんですけど!」
「……………。」
いつどこで僕とカロリーナ・バーンズが恋人同士だという誤解が生じたのか、皆目見当がつかない。
彼女の頭の中を覗いて、そのきっかけを一つ一つ潰したいところだが、僕はあいにく彼女のような魔法使いでは無い。
何度も違うと説明してはみたが、何となく伝わっていない気がする。
「……難しい」
記憶が戻ってからというもの、頭の中の靄は確かに晴れた。
不思議なもので、〝忘れていた〟ということさえ信じられないほど、すんなりと彼女は僕の中に戻って来た。
だけれどそれと引き換えに…変な焦燥感に駆られる。
彼女のことを知れば知るほど、存在が遠くなる。
隣の国でありながら、全く違う理で成り立つ世界。その存在を対外的に隠し続けられる恐ろしいほどの力。
テリーはきっと正しかったのだろう。そう、知ったところで………。
だけれど、赤の他人であるよりはマシだ。こうやってカケラを拾い集め続けることができる。
「ディノ…明日王宮に行く。準備を」
「…はっ!」
目下、手元にあるのは300年前の繋がりだけ。それを手繰るところから始めるしかないだろう。
それと、テリーが最後に僕の記憶を戻すことを認めた理由…。
秘密を明かすことを許せるほどの理由…。
ふと彼女が取り出した花を見る。
…絶対に意味がわかってて選んだのでは無い。
だけどもし…ちゃんとわかっててこの花を選んだのならば、君は一体どちらの意味を持たせたのだろう。
無機質な部屋に似合わない青いブルースターを、僕はしばらく眺めていた。




