3.私は容疑者
「閣下、六区の捜査終わりました。例の家から何点かのブツを回収。あと、一人連れて来てます」
「…どんな人物?」
「老婆……です」
どうして私はここにいる。
四方を厚い壁に囲まれた無機質な部屋。
見上げれば天井には格子状の木枠。
目の前には質素な机と卓上ランプ。
「(テリー…これってもしかして逮捕ってヤツ?)」
「(…任意同行ってヤツでしょ)」
「(ニン イドーコ?誰?)」
「ブッ!!…チューチュー…(頭の中でも馬鹿なのいい加減にしなよね!!)」
「(猿のくせにチューチュー鳴く方が馬鹿ですー)」
「………。(これはブッシュベイビーの初期仕様なんだけど)」
あの後突入して来た憲兵どもに絶望的なまでに部屋をグチャグチャにされたかと思えば、意味不明なことをアレやコレや尋ねられ、上手に答えられなかった結果…私はここにいる。
よくわからないが、多分…憲兵の事務所…的なところ。
「(…脱出してもいい?)」
「(何でいいと思ったのか後で話し合おうね)」
ファンタジーな見た目とは裏腹に、やたらと現実主義者なお猿と思念で会話すること15分。
ノックさえ無く、スッと部屋の扉が開く。
書類から目を上げずに何かを呟きながら一人の男が入ってくる。
「……王都西第六区レイヴン通り5にお住まいの…シャロンさん…と…ネズミ…?」
ようやく顔を上げたその人は、覆面姿の私と、私の肩に乗るテリーを見て…パッと顔を横に向けた。
「…………フッ…フフ」
「………。(あの人震えてない?寒いのかな?)」
「………。(とりあえず訂正して)」
「?(え、何?)」
「(ネズミのところ!訂正!)」
「(ああ!訂正ね)」
「うぉっほん。……ですじゃ」
「…え?すみません、よく聞き取れ…」
「猿ですじゃ」
「…さる……」
震える男がもう一度私とテリーを見る。
そしてその青い瞳をまん丸に見開くと………
「…ブフッ…フフフッ…フ……」
クルッと後ろを向くと壁をバンバン叩き出した。
「え」
私…何か言った?
部屋の異常音に気づいたのか、憲兵がもう一人入って来る。
「閣下、いかがなされましたか!?閣下…?」
「…あー…もう無理…。フッ、フフ、クッ」
「あのー…ですじゃ」
「ブッククッ。ごめん、ディノ、取り調べ…変わって……」
「は、はい!…大丈夫ですか?」
「…うん、何とか…フフッ」
完全に置いてけぼりの私たちの前に、後から入って来た若い憲兵が座る。
「…シャロンさん、ですね。今日おいで頂いたのは他でもない、貴女にはとある容疑がかかっている」
「………。(ようぎって何)」
「(犯罪の疑い)」
「(なるほど、犯罪の…)」
「はあ゛〜〜〜っっ!?」
突然の私の大声に、憲兵の肩がビクッとなる。
「何それ!?私に!?何で!?」
「チュ…チュー!!(シャロン!口調!口調!)」
「シャ…シャロンさん…?」
「毎日必死に小銭を稼いで…ますじゃ!少ない稼ぎから税金だって払って…ますじゃ!パンとたまのソーセージしか食べてない…ますじゃ!の私が!犯罪!?」
やるなら今頃この国滅んどるわ!!
覆面の下からギリッと憲兵を睨むと、彼は…くるっと後ろを向いて、入って来たドアから走って出て行ってしまった。
その後を、先ほどより明らかに震えながら青い瞳の男が追う。
「テリー!!何なのあの失礼な人間たちは!!」
「…僕、もう色々終わったと思う」
「何が終わったってのよ!! さっさと出るわよ!こんなところ!!」
怒りに身を任せ、転移のために指を鳴らそうとしたその時、先ほどのドアがカチャリと開いた。
咄嗟に指を隠し、さっきまで座っていた椅子に慌てて座り直す。
あぶなーっ!!セーフ!!
「…シャロンさん、こちらに多大な手違いがあったようで大変申し訳ございませんでした。今日のところはお引き取り頂いてけっこうですので……」
ん?んん?
覆面の下から彼らを見上げると、目の周りが真っ赤に腫れている。
なるほど、泣くほど反省したと見える。
「ならばよいのじゃ!さ、帰るぞよ!テリー!」
ふーんだ、覚えてろよ、バーカバーカ。
ガタッと乱暴に立ち上がり、ついでに机の上に置かれた箱の中を見る。
「これは返してもらうのじゃ!」
私は丹精込めて作った呪い人形を掴むと、テリーを肩に乗せ力いっぱいドアを開け、盛大に音を立てて閉めた。こんなところとは早々におさらばだ!
閉めたドアの向こうでは…
「ぞよーー!!どわーっはっはっはっ!!ひーっっかんべんして!!人形…ぶわーっはっはっは!!」
なぜか笑い声がこだましていた。