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29.ケーキ屋

「あぁ確かに300年前からクレインとの人的交流が格段に増えてるね」

「だよね。僕も書物をめくったわけじゃないから確かでは無いけど、クレインの対外的な政治制度はこの時代から確立され出したって記憶してる」

「…なるほど。300年前のウォーブル公爵と、クレインの誰かの間に親交が生まれた…という説が一番手堅いところかな」

「あ、ここ見て。この書き方だと……」



『シャロンの力が必要だ。急いで図書室に来て!』なんて言われたもんだから、なんだなんだようやく私の頭脳の価値に気づいたか!と意気揚々と来てみれば……。

 古書の文字の修復とかいうしょっぱい用事を言いつけられた後は、はっきり言って置物扱いである。

 二人は仲が悪かったんじゃないの!?ったくキラキラした目しちゃってさー。テリーなんか服着るの嫌いなくせに人型にまでなっちゃって。


 唇を尖らせて横を見れば、いつも何だかそこにいるディノが完全につまらなそうに側に控えている。

 …何となく、彼は仲間かもしれない。

「ディノは本好きじゃない?」

 暇にまかせて話しかけてみる。

「え、僕?んー…正直言ってあんまり。仕事に必要な事は子どもの頃に叩き込まれてるし、あんまり頭でっかちになっても動きが鈍るからねー」

 ふむふむ。君の言うことはもっともだ。

「シャロンちゃんは?テリーくんは本が好きでたまらないって感じだけど」

「…読めと言われれば読むけど、頭の中に入れたあとに取り出すのが苦手。たくさん入れればそれだけ頭の中忙しくなるし」

「んー…?え?どういうこと?」

 何か変なこと言ったかな。

「そうだなぁ、最近初めて恋愛小説読んだんだけど、その中で主人公がカタオモイとかいうのに気づく場面があったの」

「ふんふん、それで?」

「主人公はカタオモイの男の人の目の中に星が見えるって言ってたわけ。でも私の頭の中の星っていうのは、天文学でいうところの星、占星術で読む時の星、五芒星の星、タロットの星って感じでたくさん種類があるの。だからカタオモイの星って言葉が出て来たら、何種類星があるのよ!余計な事知らなきゃよかった!ってならない?」

「……ならないね」

 …あっそ。話すんじゃなかった。ったく。


「…何となくだけど、シャロンちゃんに足りないものがわかったかも」

「え?」

 ディノが顎に手を当ててフム…という顔をしている。

 足りないものがわかったなら、それはぜひともお聞かせ頂きたい。

「そうだ!シャロンちゃんフルーツケーキ好き?」

「フルーツケーキ……」

 頭の中にフワフワでキラキラの物体が浮かび上がる。

 ああ、愛しのフルーツケーキ……。

 何度ケーキ屋のウインドウを指を咥えて眺めたことか。

 ただでさえ果物は高いのに、ましてやケーキなんぞになってしまったら手が出ないではないか……!!


「中央区の外れに新しく店ができたんだけど、良ければ一緒に行ってみない?僕このあと非番だし、お兄さんがご馳走してあげよう!」

「えっいいの!?行きたい!うわ〜!初めてのケーキ屋!あ、でも保護観察が……」

 邸から出たら罰が増えるかもしれない。

「ああ、閣下には僕から伝えておくから着替えておいでよ」

「ディノ……!」

 なんて…なんていい人間なんだ…!!

 ケーキ屋なんて一生縁が無いと思ってた!あ〜もうすでに幸せ!!

 

 …と思ってたのに、着替えて玄関ホールに向かってみれば、そこで待っていたのはウィルだった。

 ディノは緊急出動らしい。それは仕方ない。仕事は大事だ。



「ここら辺は中央区でも東エリア寄りでね、比較的新しい区画なんだよ」

「なるほどー…言われてみれば街が整然としているような…」

「そうそう。東エリアには商売で成功した人間や、売れっ子の女優なんかが住んでる」

 街を歩きながら、ウィルは色々なことを説明してくれる。

 それこそ王都の成り立ちから今流行している髪型まで、彼の持つ情報量はすごい。

 ウィルの話を聞きながら街行く人間を見ると、なるほど、女性は確かに前髪が真っ直ぐだ。


「はい、着いたよ」

「こ、ここが…!!なんて眩しい……!!」

「ほらほらショーケースに齧り付いて無いで行くよ」

 ディノが教えてくれて、ウィルが連れて来てくれたケーキ屋…。

 普段は小馬鹿にしてしまう人間の国だが、これは手放しで素晴らしい。

 キラキラ輝きながらズラりと並ぶ色とりどりのケーキたち…。

 クレインにある、ドカン!!とした固いケーキじゃなくて、繊細な飾り付けのケーキたち…。

 私が女王になったあかつきには、ケーキは人間の国から取り寄せる法律を作ろう。

 

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