27.赤の他人
あの廃墟の鍵を預かる人物に辿り着いたのは、7人の被害者の共通点を洗い直したからだ。
彼女たち全員が、店こそ違えど娼館勤めであったこと、犯人から求婚されたこと、そしてそれを受けるために本名と年齢を名乗ったこと、これが直接的には被害者になってしまった原因だった。
彼女たちは皆似たようなことを言った。
『もういい歳だし、そろそろこの生活からも足を洗う時期だと思ってさ。気安めにちょっと話題になってる占い師のとこに行ったんだ』
そうして彼女たちが示したのが…あの廃墟。
最後の被害者リーナ…カロリーナに至っては、僕の方から捜査協力として占い屋への同行を頼んでいる。
なのに…僕とディノにだけ、占い屋の記憶が無い。
あるのは…点々とした事実だけ。
あの鍵を預かる一族は、300年前の約束を細々と守っていると言っていた。
300年前の僕の先祖が、誰かと交わした約束を。
そう、誰か。彼らの言葉を借りるなら〝ふしぎびと〟。
あの部屋を借りることができた人物。僕の目の前で紫色の瞳を困惑気に揺らす人物。
彼女はきっと…〝ふしぎびと〟だ。
「…あなた、ウォーブルさんって言うの…?」
作り物のような顔が戸惑い気味に僕に問う。
「そうだよ。ウォーブルの姓を名乗ることが許されているのは、今この国に…僕だけだ」
「じゃあ…ギルバートさんは……」
「僕の数代前の…ウォーブル、だね」
「……亡くなってるんですね」
「そう。かなり昔にね。だからこの姓とともに、歴代のウォーブルが残した資産も負債も…今は僕が受け継いでいる」
姉弟というにはあまり似ていない二人が目を見合わせている。
まるで…何事かを語り合うかのように。
おもむろに、くりくりと大きな瞳の弟…が、およそ子どもとは思えないほど鋭く理知的な口調で話し出す。
「…ウォーブル公爵、姉…が随分とお騒がせしましたことお詫び申し上げます。ですが、我々の口から全てを申し上げるには…少々信頼関係が足りないかと存じます」
「…当て推量だったら申し訳ないが、先に信頼関係を破ったのは、どう考えてもそちらだと思うが」
「…そうです。だからこそです。私たちにはもう後がありません。あなたは凡そのことは理解されている。その理解以上の真実を知ってどうするのです。私たちの関係に何か影響がありますか?真実を知ろうが知るまいが、私たちは…赤の他人ではありませんか」
「ーー!!」
赤の、他人…。
「我々を気にかけて頂きありがとうございました。ですが、我々は大丈夫……」
大丈夫…?何が大丈夫なんだ…。
「…大丈夫なわけないだろ」
「「え?」」
「君はあの地下道で、誰が通るともわからないあんな場所で、これからもずっと寝泊まりするっていうの?誰に見られるとも分からない、誰に声をかけられるかもわからない、そんな生活…させられるわけないだろう!」
「えー…っと、ウィル?」
「ウィル…。君は僕をそう呼んでたんだ。僕は?君を何と呼んでた?僕たちは…ただの赤の他人だった?何でこんなに胸が痛いのか、なぜ消えてしまったものを必死に追いかけるのか、僕には……それを知る権利があるだろう?」
…赤の他人のわけが無い。赤の他人なわけが……。
「だってよ、シャロン。君の負けだね。…まだ持ってるんでしょ?ウィルの…記憶」
記憶を…持ってる…?
「え、ええと、その…でも決まりでは…!」
狼狽える少女と、何もかも悟ったような子ども。
彼らは一体何を…。
「諦めなよ。彼は胸が痛いんだってさ」
「えっ!?ええっ!?そんな副作用聞いたこと……」
「いいから!」
完全に困惑顔でゆっくりと近づいてくる紫色の瞳。
「ウィル…ちょっとだけ目を瞑っててもらえる?」
「あ、ああ」
言われるままに目を閉じる。
視界から紫色の瞳が消えた瞬間…額に何かがそっと触れたのを感じた。




