24.ギルバート・ウォーブル
「ほれほれ、お返しするのはこれじゃ」
そう言ってお爺さんがカウンターの上にドンと置いたのは………
「お金…?」
「そうじゃよ。あんたさんが納めてくれた家賃およそ1年分じゃ。毎月毎月丁寧に家まで届けてくれとったじゃろう」
「ええっ!?ど、どういう事ですか!?」
意味が…意味が全くわからない!
「ほ!?そっちこそどういうことじゃ?何もかもわかったからここに来たんじゃろ!?」
「いやいやいやいや、何もわからないからここに来たんですよ!」
お爺さんが、あんぐりと口を開けている。
「いや…不思議な日もあるもんじゃ……」
いや、さっきからふしぎふしぎって…。
もう、埒が明かない!そう、魔女は度胸だ!
「お爺さん、あの家、何で私に貸してくれたんですか!?私この国に来て100件以上家を借りるのを断られました!どうしてお爺さんは…保証人…もいない私に、家を貸してくれたんですか!?」
お爺さんのあんぐりした顔が、急に真面目なものになる。
「それが我が家の言い伝え、だからじゃ」
「言い伝え…?」
「そうじゃよ。あの家には…永久保証人と300年分の前払い家賃が納められておる!」
トボトボと来た道を辿る。
精神的に重たい袋を胸の前でギュッと抱えて。
金貨なんて…金貨なんて持った事ない!!
ええと、あの家の家賃は1日銅貨10枚つまり銀貨1枚、1か月はだいたい30日だから、銀貨30枚…銀貨は10枚で金貨になるから……あー!!テリーの蔑んだ目が見える!!
とりあえず、手元には金貨が数枚から数十枚あるはず!何でこんな時に鞄をテリーに預けてるかなぁ…。
トボトボ歩きながらも、足は慣れた道を勝手に進む。
廃墟になってしまった、私の占い屋…。
看板を掲げていた玄関のドアベルを見上げる。
「もう一度だけ……」
呟きながらドアノブに指で触れる。
カチャリ…という音とともに鍵が開く。
ドアを軽く押すと、そこにはすっかり荒れてしまった部屋が待っていた。
コツ、コツ、コツ…一つ歩みを進めるたびに、自分の足音が響く。
「この部屋は…誰を待っていたんだろう……」
『代々わしのご先祖は、何とも奇妙な伝言とともにあの部屋の鍵を預かっとる』
『伝言…ですか?』
『そうじゃよ。〝不思議な人物が訪ねてきたら、部屋を貸してやって欲しい〟じゃ。わしはお前さんが来た時にピーンと来たんじゃ。光を映すことのないわしの目に、お前さんの姿だけが映っておるからの!お前さんは〝ふしぎびと〟なんじゃろ?』
〝ふしぎびと〟が魔法使いの事を指すのなら、300年前に何があったのだろう。あの頃何かあったっけ…。
クレインの歴史年表を思い出すが、いまいちフェザントとの関係でピンと来るものがない。
300年もの間この部屋を借り続けた人物…。
いくら考えても出て来ない。生きているなら魔法使い。そうじゃないなら…。
「…ギルバート・ウォーブル……。いったい…誰?」
「…それについては僕が教えてあげられるかもしれないな」
「ッッ!!」
突然の声にバッと入り口を見る。
…ありえない、これは…ありえない!!
何でここにウィル…?
「…お嬢さん、どこかで…お会いしませんでしたか?」
「……!」
吸い込まれそうなほど青い瞳。…魔力が宿りそうな瞳。
そして…ああそうだ、やっぱり髪の色はダークゴールド……。
「…ど、どうでしょうか。わ、わたし王都中を転々としてますので、どこかでお会いしたかもしれないです」
「…どこかで」
落ち着いて、大丈夫。彼の記憶は私がまだ持ってる。覚えてない。彼は…覚えてるはずがない。
「…そうですか」
「ええ、そうです、きっと」
彼の瞳が私を射抜く。
…こんなに鋭い目をする人だっただろうか。
「では、…ここで何を?」
「ーー!」
何を…何をしてた事にしたらいい?私がここに住んでいた事は、彼の消した記憶の中にしか無い。
住む場所を探してた?いや…こんな廃墟に部屋探しに来るなんて不自然だ。
知恵を…知恵を絞れシャロン!100年生きてる魔女でしょう!!
「み…」
「み?」
「ミステリー…ツアー…です」
私にとって100年分の知恵を絞った結果は…コレである。




