23.ふしぎびと
「あ…廃墟になってる」
ボロかったもんなー…。
私はテリーを図書館に置いて、王都西エリアをうろうろしていた。
そもそも、あの変人…師匠が私をここに飛ばしたという事は、ここで見つけなければならない何かがあったのでは、そう思いついたからだ。
その事をテリーに話すと、
『行ってらっしゃーい。僕は西エリアにはもう用が無いから。夕方いつもの地下道で』
などと言う始末。
…お猿は冷たい。
今日も騒がしかった市場を抜けて、第六区レイヴン通りの…あの家の前へ。
この家を貸して貰えたのは奇跡だったな。確か大家さんが目が見えない人で…あれ?私あの時喜びのあまり何も考えてなかったけど、何で家が借りられたんだろう?
私は廃墟となってしまった家の前で体を反転させ、あの日の記憶を辿る。
「あの角を左…そう、あのオレンジの屋根、あれが大家さんの家……」
出る時には手紙を魔法で届けただけになってしまったが、会いに行ったら変に思われるだろうか。
家の前をウロウロと二、三度往復する。
「いや、こうしててもしょうがない。魔女は度胸!」
玄関の赤い扉をノックしようとしたその時…
カチャリ…
扉が開く。
「…では、失礼します。突然申し訳ありませんでした」
声の主が部屋の中に暇を告げている。
声の主の体がこちらを向く。
あ、ぶつかる…!と思ったが遅かった。
ドンッ
「ブッ!」
「失礼!大丈夫ですか…?」
「…大丈夫です…。こちらこそすみません」
振り向く男の肩口でモロに打った鼻をさすりながら、彼に頭を下げる。
そして一歩下がり、彼を先に通す。
「…もし、怪我などなさっていたら、こちらにご連絡を」
そう言って差し出された…名刺…?
片手で受け取りつつ、道路脇に止めてあった車へと乗り込む彼の後ろ姿を目で追う。
車…?車を持ってるダークゴールドの髪の男…。
いやまさか、よくある髪色だし、そもそも彼の髪なんて…もう忘れたし。
「お客さんじゃろうか…?」
「あ!」
室内から掛けられた声に、ハッと当初の目的を思い出す。
「す、すみません。突然なんですけど、お尋ねしたいことが……」
彼のことは一旦横に置いておこう。
私は貰った名刺をポケットに突っ込むと、大家さんの元へと歩みを進めた。
「ディノ…今の少女の顔、見えたか?」
「いやー、ちょっと距離があってぼんやりとしか…。何か気になることでも?」
「ああ…いや、変わった髪色だったな、と」
「ああ…確かに。あれじゃないですか、どこかのクラブの踊り子!ピンクとか緑とかの髪の毛いっぱいいますよ!」
「…あれはカツラだろうが」
まあいい。今は手に入れた情報の精査が重要だ。
目を瞑り、先ほどまで大家と交わしていた会話に没頭する。
それにしても、まさかあの廃墟に王家が関わっていたなどと誰が思うだろうか。それも300年も昔から。
陛下もきっとご存知無い。
先ほどの大家の言い分では、この事を聞きに来たのは彼が先代から家を引き継いで初めてだと言っていた。
まさか7人の女性たちの証言を洗い直して辿り着いた先に、こんな…奇妙な事実が隠れていたなんて。
この事を知っているのは、あの家の持ち主だけ。
それを聞きに来たのは今のところ…僕だけ。
じゃああの家を借りたのは?いや…借りることができたのは………
「ディノ、さっきの家まで戻るんだ!」
「ええっ!?」
「少し離れたところで待機だ!」
「は、はい!」
これは大きなカケラになる。
僕の本能が…そう訴えていた。
「ああ、嬢ちゃんじゃったか。いやいや取りに来るじゃろうと思っとった。よかったよかった。まさか突然退居するとは思わんでの。ちょっと目が悪いもんで、申し訳ないがこちらへ取りに来て貰ってよろしいか?」
「は、はあ…?」
え、あの家に何か忘れ物でもしてたかな。うーん…。
はっ!いやそこじゃない、そこじゃ!
「お…お爺さん?目が悪いんですよね?何で私のこと……」
「ほ?そりゃあんたさんが〝ふしぎびと〟だからじゃろ?」
ふしぎびと…?
お爺さんが教えてくれた、あの家の不思議。
私はもっと勉強しとけばよかったと、この日ほど後悔したことは無い。




