2.憲兵隊は突然に
「で、シャロン。さっきのあ゛あ゛あ゛の件、何が見えたわけ?同じこと繰り返さないように対策練らなきゃ」
「…黙秘」
「却下」
小ぢんまりしたダイニングテーブルの上、昨日の稼ぎである銅貨10枚のうち半分が変化したパンとソーセージ。
このお金という概念に何度泣かされたか。
私は一年前、スヤスヤとお昼寝をしている最中に、突然人の国に飛ばされた。
鞄一つと、この…毒舌ザルとともに。
鞄以外に何も持たされず、事情も話されず、紙切れ一枚だけ握らされて…。
『 修行の始まりです。生き延びなさい。 師匠 』
今思い出しても腹が立つ。
どこの世界に可愛い弟子を昼寝中に放り出す師がいるんだ。
あの…変人め!
「はあ?たかがそれだけの事であんなに挙動不審になったってわけ!?どこのお子様だよ!」
「…お猿に何がわかるのよ。あんな…こんな…あーー無理!もう占い辞める!!」
「…辞めてもいいけど、僕は毎日肉を要求するからね」
「…雑食め。餌代稼ぐこっちの身にもなってよね!!」
ガチャガチャと行儀悪くソーセージを皿の上で切り分けて、テリーの皿へとよそう。
「シャロン、冗談抜きでようやく折り返しなんだからさ、何とかこのままやり遂げようよ。…帰りたいでしょ?自分の国に」
帰りたい。とにかく帰りたい。
呼べば来る、願えば届く、指を鳴らせば全てが手に入ったあの国に。
「…何でこんな面倒な修行があるのかな」
ポツリと呟くと、テリーがこぼれそうなほど大きな目を半目にして言う。
「そりゃシャロンが、魔法ってもんを全く理解してないからでしょ」
「理解してない〜!?だから毎回言ってるでしょ!!私は…!」
立ち上がってお猿に文句を言いかけた瞬間、テリーの大きい耳がピクッと動く。
「…誰か来た」
「えっ?」
私は横目でチラリと時計を見る。午後7時半。…店はとっくに閉めたはずだけど…?
コンコンコンッ
樫の扉がノックされる。
私は慌ててローブを頭までスッポリとかぶり、黒いレースの覆面を着ける。
「やだやだ誰よ!?こんな時間に!!」
「…別にこんな時間てほどでもないでしょ。っとにお子様なんだから」
夜行性の毒舌ザルに心の中で舌打ちをし、私は喉に魔法をかける。
ーガラガラ声!低い声!
コンコンコンコンコン!
苛立たしげにノックの回数が増える。
「…はいはい、一体何事だい…?」
ゆっくりと扉を開く。
目に入ったのは、部屋の中の方が暗いのではと感じるほど、煌々と灯された松明の光。
異常事態だという事はすぐにわかった。
覆面を着けていても眩しい外の景色に一瞬目を顰めると、突然、ヌッと帽子を目深に被った顔が面前に迫って来た。
「失礼!この家の方ですか!?我々は憲兵隊の者です!少々お話をお聞かせ頂きたいのですが!」
「仰々しいのお…。一体なんじゃと……」
ドクドクドクと早鐘のように打ち付ける心臓が口から飛び出さないように、あえて、ゆっくりと言葉を出す。
「いえ、ちょっと人を探しておりまして、この辺り一軒一軒訪ねて回っております!是非ご協力を!」
人探しぃ?あーよかった。詐欺の取締りじゃなくて。そういう事ならどんと来いだわ。
「…なるほどなるほど。そういう事なら……」
「よし!同意取れたぞ!踏み込め!!」
「はっ!?」
「それ!突入ーーー!!」
「はあーーーっっっ!?」
「怪しい!怪しすぎる!!探せ!」
それは突然のことだった。
一市民として、とりあえず真っ当に生きて来たこの一年。
コツコツ稼いで借りたボロい部屋。
ボロいついでに始めた占い屋。
私の…一年が…。
あ、それ、私が手作りしたタペストリー…あなた達にはわからないでしょうけどね、それ古代魔法陣をチクチクと刺繍した傑作でね…あ、それ本物の呪い人形でね、毛の一本一本に呪を込めた、最高の逸品なんだけどね…。
私の…一年が………今日、一回終わった。