19.さまよう
「部屋を借りたいって…あんたとそこの坊や二人でかい?」
「ええ。夫に先立たれてしまって…。1年でいいの。いえ、10か月。その頃には私の実家に帰ることになってるから。どうかしら…前金できちんとお支払いもできるわよ」
ええい!さっさと部屋を貸さんか!
「……貸してやりたい所だけどねぇ、うちは思春期の息子が3人もいるんだ。あんたみたいな未亡人預かって間違いがあっちゃいけねぇ。悪いが他所をあたっとくれ」
バタン………
無情に閉じた扉の前で吠える。
「はあ〜〜ん!?この国では一体何者なら家が借りられるのよ!!少女ダメ、老婆ダメ、ペット連れダメ、未亡人ダメ、子連れダメ!!次は何!?何なのよ!!」
「…何か根本的に間違ってるのかもね。よく思い出してよ、ウィルの言ってたこと」
「ウィル〜!?誰のせいでそのウィルの家を出たと思ってんのよ!!あんな天国みたいな所!!」
「…悪かったってば。確かに天国みたいな所だったよね。ご飯おいしいし、本はたくさんあるし」
「…行こう。とりあえず変身魔法解いてあげるから」
ウィルとその関係者の記憶を消してから三週間、やっぱり私達は宿無しだった。
彼から得た知識を使って、とりあえず変身魔法で老婆になったり中年姿になったり色々試してみたのだが、どうにも上手くいかない。
最後にはテリーを子ども姿に変えて同情作戦を敢行したわけだが…あえなく失敗したのが先ほどである。
「…確か保証人っていうのがいるのよね…。保証人ってどこにいるんだろ…」
「…そんな感じで見つかるもんじゃないと思うけど」
「…はぁ〜…。今日も地下道ね」
実際の所、魔法使いにとって住まいはさほど重要では無い。雨露をしのぐ方法はいくらでもあるし、水も出せれば、お風呂に入らずとも体だって一瞬で綺麗にできる。
ただ…この国に来て一番最初に知ったこと、ものを手に入れる方法が…衝撃だったのである。
テリーを肩に乗せ、鞄一つを手に地下道への入り口がある大通りへ向かう。
延々と続く石畳を見ながら、ここに飛ばされた時の事を思い出していた。
最初に降り立ったのは、賑やかな市場だった。
色とりどりの果物や、吊るされたお肉、見たことのない野菜と、その瓶詰め…。
あまりの美しい光景に、テント一つ一つで立ち止まってその色合いを楽しんだっけ。
ふと回りを見れば、人々は品物と何かを交換している。
『あれは何?』
肩に乗ったテリーに聞いたはず。
『あれは貨幣だよ。あの小さい丸いモノが、あのリンゴと同じ価値って事。リンゴを手に入れるためには、まずはあの小さい丸いモノを手に入れる必要があるね』
初めて知った、お金という概念。いや、文字は知っていた。さすがに。
ただ、指を鳴らせば欲しいものがいつだって目の前に現れた私には…新鮮な驚きだったのだ。
あの貨幣…私にとっては銅貨を手に入れるためには働かなくてはいけなくて、働くためには仕事を見つけなければならなくて、仕事を見つけるためには…住むところがいる。
それだけなのだ。それだけのはずなのに…。
「テリー、夕食何がいい?あんまり贅沢できないけど、リンゴ食べる?」
「ん〜…いや、僕は丸パンでいいよ。シャロン…栄養あるもの食べなよ」
「…食べなくったって、そんなに簡単に死なないよ。私、こう見えて大魔女だし」
お猿の顎をコチョコチョしながら言う。
「…本当によかったの?僕は別にあの人の記憶は消さなくてもいいと…」
「テリー、この修行は人間として生活することに意味があるんでしょ?それに…彼には恋人がいるじゃない。ルール違反はダメよ!」
「…それ、何か絶対勘違いだと思うんだけど…」
「え?何か言った?」
修行が終わったら、きっと私はどうせあの変人から夫になる魔法使いを紹介される。
私は魔女だ。正真正銘の正統派魔女。
産まれながらに次代の女王となるべく育てられた、後継の魔女。
だから、これでよかったんだ。
今は…少し寂しいだけ。
きっと、明日住むところが見つかれば消えてしまうような、そんな小さな寂しさだから。




