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17.黒壁の家

 呆然とした表情で事態が飲み込めていないウィルの手を取り、とりあえず私は走っている。

 ここは王都西第七区。テリーから流れてくる映像を頼りに、似た色の家を探し回る。

 もう少しヒントが欲しい。この家の数…膨大だ。


「黒壁の家…?あ、中に入った!」

 私の呟きに、ウィルが一瞬で我を取り戻す。

「黒壁…テリー、そこにいるんだね?」

 急に真剣な顔つきになるウィルに戸惑うが、私は力一杯頷いた。

「シャロン、こっちだ!」

 力強く引っ張られる手に負けないように、私も全力で走った。


「…何、ここ」

 私の口をウィルの人差し指が制する。

 私は目で返事する。『お喋り禁止、わかった』と。

 目の前には……真っ黒な建物。

 屋根も壁も煙突も窓枠でさえも、全てがギラギラと黒く輝いている。

 ウィルが辺りを見回して、黒色の家から少し離れた暗がり…いわゆる死角と言われる所に建つ小屋へと、私を静かに案内した。

「…どう?君の見た映像と比べて…」

 かなり抑えた声で彼が問う。

「…間違いないと思う」

「そうか…。さて、どうするかな…」

 何となく雰囲気で感じる。あの黒色の家は普通じゃない。

 お馬鹿な私でもピンとくるぐらい…異様なのだ。

 だって入り口が無い。そう、入り口が無いのだ。

 おそらくウィルの様子を見ても、この事は前から知っていたのだろう。

 

「ウィル…私は入れる。だから行ってきます。あなたはここにいて」

 ウィルは今度は怒らずに、深い深い溜息をついた。

「もう何を見ても何を聞いても驚かないけどね、それには同意しかねるな」

「ウィルも見たでしょう?私…」

 ウィルが首を横に振る。

「それは関係ない。君とテリーには申し訳ない話だけど、この家は…とある組織が数十年かけてようやく掴んだ…犯罪組織の根城なんだ。人の侵入にとにかく敏感で、今はどんな小さな事でも彼らを刺激したくない。安全に、確実に外からテリーを確保できる方法を一緒に考えて欲しい」

 ウィルの目は真剣だった。

 本当は今すぐにでも邸の中へと入り込んで、テリーを連れ帰りたかった。

 でもなぜか…私はそれをやるべきでは無いと思ったのだ。


「…わかった。考えてみる……」

「ありがとう…」

 私は小屋の中で膝を抱えて座り込んだ。

 テリーも疲れたのだろう。あの家の中で、猫に捕まらないように高い天井のシャンデリアの腕の一つで休んでいるようだ。

 そうしてどのくらい経っただろうか。ウィルがふと言葉をつむいだ。

「シャロン…僕はその…君の能力の事はよくわからないけれど、邸からここに来た時にやった事と、反対の事はできないの?」

「反対…?」

 転移魔法の反対…。

「転移魔法は対象とする場所に向けて自分を届ける魔法…。逆に対象となる場所から誰かをこちらに連れてくる…形としては転移より…そっか、ウィルのコート!だけど取り寄せは制約が大きくて生き物には簡単にできないから…あ!すごい!!閃いた!だけど一瞬が勝負!小さな変化も残しちゃダメなんだよね!?いきます!」

「ちょちょちょっと待って!ちゃんと説明して!」

「え?ウィルにはわかったんじゃないの?」

「君の頭の中どうなってるの?…とにかく、ちゃんと説明して」

 あれ?ウィルから提案されなかったっけ?



「改めて…ウィル!とにかく一瞬だから!テリーをお願い!」

「わかった!」

 右手を掲げる。親指と中指を重ね合わせる。

パチンッ

 音が鳴る。視界に入ったテリーをウィルが掴む。

パチンッ

 音を鳴らす。テリーを乗せて来たものを一瞬で元に戻す。

 …そう、高い天井から吊り下げられた、シャンデリアの12腕の1本を…。

 

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