16.テリーはどこ!?
ウィルと食べた夕食は、この人間の国…フェザント王国で今まで食べたものの中で一番おいしかった。
彼の話をまとめると、私が師匠に飛ばされたのはフェザント王国王都の西側で、はっきり言えば貧しい人々が住む街だったらしい。
ウィルは、その中でも私が住んでいた第六区は、〝国一番の歓楽街〟だと言っていた。
歓楽街…については後でテリーに調べさせることにしよう。
夜、別棟で偉そうなお猿にその日の出来事を報告する。
「重要なのはそこじゃ無いでしょ!別に事件の容疑者になろうがそれは大したことじゃない。それも修行のうちだ」
「……わかってる」
「君はあの二人の前で二度にわたって、占い…思念の読み取りと未来視をやって見せてる」
「…わかってるもん」
「本当にわかってる?あくまでもこの修行は…」
わかってる…わかってるもん。
私とテリーの懸念をよそに、その後一週間特に変わった事もなく、私は屋敷中の掃除に明け暮れていた。
本格的に掃除屋を始めるべきなんじゃないかと思うほどの腕前だ。
その特に何の変哲も無い日の夕方、私はいつものように食後の食器をスポンジに洗わせたあと、皿たちに命令してバシャバシャ雨のように降らせた水をくぐらせ、タオルにそのままダイブさせた。
一日の仕事はこれで終わりだ。
こうして私が労働に明け暮れているというのに、相変わらず図書室に入り浸りのお猿は最近食事時になっても出て来ない。
…お猿のくせに本の虫になってどうすんのよ……。
私はため息をついて、わがままなお猿を迎えに行く。
「テリー?テリーどこー?ご飯だよ!」
図書室の扉を開けて中を確認する。
あれ、変だな。
「テリー…?」
図書室にはいない…?
念のため頭の中でも話しかける。
「(テリー、おいしいご飯もらって来たよ!早く出て来てよ)」
…思念のカケラも感じない。
少し焦る。
思念が読めない…つまりお互いの存在が認識できないほど離れているという事だ。
「テリー?テリー!」
広い邸の中を走りながら別棟まで帰る。
別棟2階、借りている部屋のドアを開けながら叫ぶ。
「テリー!!」
嘘…ここにもいない。
魔法、魔法だ。こういう時のために魔法があるんじゃないか!
私は〝尋ね人〟の魔法を使う。
見つけるものは…テリー。ブッシュベイビー、オス。年齢不詳。
魔力を体に巡らせた瞬間、頭に映像が流れてくる。
わっ!ビックリした!
…猫?のドアップ…テリーより4倍以上は大きい……え、テリーどこにいるの!?やめて!テリーに近づかないで!
マズイまずいマズイ、テリーには護符を持たせてない。
お猿!!あんたが服着るの嫌がるからこんな事になるんでしょ!!
頭の中で怒鳴ってもしょうがない。
場所場所場所…!
私はもう一度本邸へと走った。頼ってはいけない、信じてはいけない、それはわかっていたけれど今は緊急事態だ!
「ウィル!助けて欲しいの!教えて欲しい場所がある!」
ウィルの私室の前でノックをしながら叫ぶ。
今日彼が邸にいる事は分かっている。ジェームズさんに夕食の給仕を頼まれたから。
しばらくノックを続けると、少し驚いた様子で彼が出て来た。
「シャロン…?」
「…ウィル!夜にごめんなさい!あのね、この辺りにピンク色のドアでレンガ造りの家…違う看板がある、ええと、ピンク色のドアで、ああもう!移動しないで!いや違う逃げて!」
「え、何?どうしたの?」
「ウィル〜!う〜…ヒクッ、オレンジ色の窓枠、水色の屋根、煙突!ヒクッ、たくさんの人間、ヒクッ、教えて!テリーが…テリーが!!」
「ちょ、ちょっと待って、とりあえず落ち着いて!こっちにおいで」
通されたウィルの部屋。中を見る余裕なんて私には無い。
「ヒック、テリーが、猫に、追いかけられてるの!4倍ぐらいある猫に!今も逃げてる…走って…屋根の上、水色の屋根から黄色い屋根…猫も来た!!お願い、場所に心当たり無い!?」
「シャロン、今…テリーが見てる景色を一緒に見てる…?」
コクコクコクっと首を縦に振る。
「そんなことって…いや、話は後だ。その色味の街には覚えがある。だけど詳細な住所までは…西第七区としか…」
「西第七区…行ってくる!」
体を捻り、ドアへと駆け出そうとした瞬間だった。
「女の子が一人で行っていい街じゃない!車出すから…」
ウィルに強く腕を掴まれる。
「屋根の上に車で行けるの!?できないでしょう!?私大丈夫だから、お願い離して…!」
「できない。絶対に行かせられない」
思い返せば、あの時の私は完全に頭がおかしかったのだろう。
彼の腕なんかいくらでも振り払えたはずなのに。
だけど全部…これから起こる事も全部…テリーが悪いのだ。
「……服、外寒いから上に羽織って」
「あ、ああ。え…?」
私は指を鳴らしてコートを取り寄せる。
そしてそのまま…彼ごと一緒に転移した。




