12.図書室
「メモラーイズ!!ぐおっ、なかなかやるな…。なんて、なんて攻撃的な文字列なんだ…!絵が無いなんて…暴力的すぎる…!!」
「うるさい!」
テリーが尻尾で私の頭をペシリとはたく。
「いった!何するのよ!」
「いいからページめくって。その本、紙が分厚くて僕の力じゃうまくめくれないから」
「はいはい。ったく何よこの本。呪文使ってまで記憶に残す必要あるわけ?」
午前中で掃除を終えた私は、午後からはテリーたっての希望により、ウィル邸の図書室に来ている。
邸内で立入を禁止されたのは、ウィルの私室とその隣の書斎だけ。あとは壊さなければどこに入ってもいいらしい。
太っ腹だ。
「あるに決まってるだろ。これこそが人間の国に修行に来た全てじゃないか。この一年、君が買って来るくだらない雑誌と拾った新聞だけで情報を得るしかなかったこっちの身にもなってよね」
「なによー……。だって本を買うよりパンの方が大事じゃない」
私は唇を尖らす。
「そこは理解してるから程々にしか責めてないでしょ。ほら、君も頭に入るだけ詰め込んで。呪文使う機会なんて滅多にないんだから、たまにはちゃんと魔女らしい事しときなよ」
「………勉強嫌い」
とは言いつつもテリーの言うことも最もなので、私はメモライズの呪文を自分とテリーに濫用して、片っ端から本の中身を記憶する。
この呪文は便利だが、覚えるだけ、と言うのがやっかいなのだ。
…覚えた内容の意味と使い道まではわからないから。
「…本当にここにいたんだ」
夢中でページをめくっていると、ふと声がかかる。
声の主はもちろん…邸の主人だ。
「あ、ウィルこんにちは。おかえりなさい」
「あ、ああ…ただいま。ジェームズに君がここにいるって聞いて来たんだけど……」
ウィルの瞳が怪しいものを見る感じになっている。
「…図書室は立ち入り禁止でしたっけ……」
「いや、すまない、そうじゃない。ええと……本…読めるの…?」
ウィルの質問の意味がジワジワと頭に浸透する。
「……はぁーーーーっっっ!?」
プンスカ、プンスカである。
私は馬鹿だが、これでも100年以上生きている。
国の魔術書は全部読んだし、何なら歴史書も数千年分読んだ。外国言語も10か国分ぐらいは頭に入ってる。
「チュー…(問題は、頭に入ってるだけ、ってところなんだけどね。そのあたりわかってる?)」
「(うっさいわね!頭に入って無いよりマシでしょうよ!!)」
案内されたウィルの書斎。
ここは立ち入り禁止のはず。なのに目の前には丁寧に用意されたお茶。
…ふむ、怪しい。
「ああ、さっきは申し訳ない事を言った。この国では…あまり褒められた事では無いけれど、王都西側住人の識字率はあまり高くなくてね。人名と…日常の生活に必要なことなんかは皆覚えるみたいだけど、本を読むとなると……」
なるほど理解した。短い人生だ。本を読むより大事なことを優先するのは仕方ない。
運命の相手も探さなければならないし、朝からガンガンに働く彼らはとても忙しい。
私だって膨大な時間が無ければ…あったとしても、好んで本など読みたくは無い。
「…そこで、だ。今日君に尋ねたいのは、その件も含めて、容疑を完全に晴らすためのいくつかの疑問だ」
「ーー!」
「(これって何かマズいんじゃない?テリー?テリー…)」
………返事…は?
…………。
っっあんの馬鹿猿っっ!!
図書室に隠れたな!まさか私がピンチの時に狙って消えてるんじゃないでしょうね!
「…ディノ、入って来て」
私の頭の中のテリーとの戦いなど関係無いとばかりに、事態は粛々と進行していく。
「やあ、こんにちは!あ、もうこんばんは、だね。この間の店ぶり!」
どこかで見たディノが、にこやかに右手を差し出して来る。
「…どうも」
とりあえず出された手を取る。
「かわいい……痛てっ!」
「座れ」
なるほど、ディノはウィルの使い魔的な存在だな。
うちの使い魔は…私より偉そうだけど。
ピンチの時ばっかり姿が無いんですけど!!
「とりあえず、事件の報告からさせてもらう」
久しぶりにちゃんと見たウィルの青い瞳の奥には、真実を見極めようとする、熱…のようなものが見えた。




