116.結婚式
まるで全てがこの日に繋がるための細い道だったように思える。
…数百年続いた、細い道。
「シャロン様…!!本当にお綺麗です…!!」
「ひめざまぁ…言葉じゃ足りまぜん…!!」
「…ありがとう、二人とも。綺麗…かな?」
「「世界一お綺麗です!!」」
双子の侍女に見送られ、女神がいるという大聖堂の赤絨毯を、私は一人で歩く。
…彼の待つ祭壇下まで。
「…シャロン…言葉にならないよ。あまりに…美し過ぎて」
「…本当?…嬉しい」
「…!!」
フェザントの長い冬の合間の晴れ渡った空の下、私とウィルは1年という婚約期間を終え、とうとう結婚式の日を迎えた。
代々受け継がれているという、素晴らしい意匠が施された真っ白な婚礼衣装に身を包み、ただでさえかっこいいウィルが5割増しに見える黒の軍服で差し出す腕に手をかける。
「…緊張してる?」
「…誓いの言葉…間違ったらどうしようかと、そのことばっかり考えてる」
「フフ、1か月練習したんでしょ?」
祭壇へと続く階段を一歩一歩進みながら、ウィルとコソコソと内緒話をする。
「今朝は…長かったような、短かったような、不思議な気分で目が覚めた」
「…私は今日もウィルの実寸大人形と一緒に目が覚めた」
「ああ、あれ。…僕さ、あんなに変な顔?」
婚礼前1週間は、なぜか別々の宮で過ごした私たち。
意味はわからないけれど、決まりだったのだから仕方がない。
不眠予防のためウィルの実寸大人形をせっせと作り、ウィルの服を着せて乗り切った。
…双子が手作りした白タイツ姿も一晩だけあったが、絶対に内緒らしい。
「さ、そろそろだ」
祭壇の頂上では、例の如く髭と変なカツラのお爺さんが、フェザントの古語でムニャムニャ何かを唱えている。
…笑ったらダメだ。今日はダメだ。
「…それでは二人とも、女神の前で誓いの言葉を」
お爺さんの言葉でお互いの方を向く。
「ウィルフレッド・ウォーブル・ロストラム・ロイ・フェザントは、いかなる苦しみも悲しみも二人で分け合い、生涯を彼女とともに歩むことを誓います」
ウィルの青い瞳が柔らかく弧を描く。
…ありがとう、ウィル。
「シャロン・クレスト・マクベルクは、私をこの場に立たせてくれた全ての人への感謝の気持ちを忘れずに、生涯彼のそばに在り続けることを誓います」
ウィルの青い瞳が少し潤む。
きっと私の瞳も似たようなものだろう。
フワッと唇が重なる。
それと同時に鳴り響く拍手の嵐。
二人で振り向いてお辞儀をする。
参列者はフェザント王家の縁戚と、なぜかクレインの王族と呼ばれる人たち。…いや、誰よあなたたち。
外から見れば、それはそれは豪華な顔ぶれであろう。
「あ、王様泣いてる!」
しかも…号泣。
「…陛下は締まらないな。あ、君のお師匠さん…フフ、美しいね」
ウィルの腕に手を預け、階段を下りながらチラッと師匠を見る。
いつもより豪華な…というかギラギラ光り輝く黒と銀が混じったローブを纏い、灰色の髪を後ろで一つに結っている。
「派手すぎ…!まるで主役じゃない」
「ははは!グレゴリー殿に脇役は似合わないよ」
拍手の嵐の中、開け放たれんと光が漏れる出口扉までゆっくりと二人で進む。
時々顔を見合わせながら、時々参列者に手を振りながら、ゆっくりゆっくり歩く。
「…シャロン、耳と心の準備できた?」
「…いつでも大丈夫!」
扉が開かれた瞬間に鳴り響くのは、まるで雷鳴のような人々の歓声。
大聖堂に押し寄せた、フェザントの民…。
「シャロン、手を振ってあげて」
ウィルに促され、たくさんたくさん手を振った。
みな笑顔で私たちに応えてくれる。
「ウィル…私、胸がいっぱいで……」
「…そうだね。僕もだ」
鳴り止まない歓声と途切れない拍手に向けて、私は一つだけ魔法をかけた。
「わあっ!!花が降ってきた!!」
「わー!!青い花だ!!綺麗!!」
舞い踊るウィルの花の雪。
私の…宝物。
「…シャロン、素敵な魔法をありがとう」
ねぇ、リーシャ女王…いえ、お母さん。
あなたが大好きなギルバートお父さんと離れてまで叶えたかった未来に、少しは近づいたのかな。
みんなに認められるにはまだまだ遠い。
だけど、その努力ができるクレインとフェザントになったよ。
私は…たくさんの人に祝福されてるよ。
お父さんとお母さんが繋いでくれたこの道を、ウィルと歩いていくからね。




