115.リーシャの最期
「ここに来るのも久しぶりだね。君のメイド姿も懐かしいな」
ドレイク村から転移した師匠について来た先は…なぜかウォーブル公爵邸。
本当に久しぶりの思い出の邸。
「って、何で師匠が我がもの顔でここに出入りしてるんですか!?」
「何で?それは私がここで暮らすからです」
「は………い?」
次から次へと波のように押し寄せる情報量に、脳みその処理が追いつかない。
…ただでさえ頭が悪いのに。
「グレゴリー殿、とりあえず居間に行きましょう。ジェームズ、シャロンに温かい飲み物を」
「畏まりました」
ジェームズさんも当然のようにそこにいるし…。
「役職が一つ増えましてね。私のうちの一人が外交官としてフェザントに駐在する事になったのです。その代わりにその他雑多な仕事とはようやくおさらばです」
本当に公爵邸を我がものにしてくつろぐ師匠。
「…外交官」
「ええ。あなたの子どもの世話もありますし、丁度いいでしょう」
「なる…ほど?いやいやいや待って!それとここで暮らすことのどこに関係が…!」
「…シャロンちょっと耳貸して」
ウィルが本気の内緒話をする。
「…ヒソ…君が破壊した黒の家、あれ…昔はクレインの大使館だったんだって。使用実績皆無の」
「え゛」
あの趣味の悪い黒い家が!?
「…新しい大使館を建てるまでの仮宿として何処を提供するか揉めたんだけど…陛下が王太子宮に部屋を設けろって言うから…ほら、グレゴリー殿、君のお父上の設定で…ヒソヒソ」
「ああ…。えっ!!絶対嫌なんだけど!!」
「…だよね。だから…ここ」
師匠が眉根を寄せる。
「…堂々と嫌な感じですねぇ」
「「ははは…」」
「それで、ああそうそう、リーシャの話でしたね。結論から言って、リーシャは最後まで我儘を貫き通そうとしたのですよ」
「我儘を……」
「ええ。言ったでしょう?リーシャはあなたを返したかった」
「それは…」
〝天に返す〟魔法のことだと……
「どうしてもフェザントに返したかったのです」
「…えっ?」
「…なのに、あなたを魔女にするしかなかった」
「…え」
「グレゴリー殿がおっしゃってましたね。僕とシャロンの子どもはどちらが産まれて来て欲しいか…。そもそも…選ぶ事ができるのですか?」
「厳密には選ぶことはできません。ただ…シャロンは…元々は普通の人間だったと思います」
「…え?」
普通の……人間?
「もしリーシャのお腹にいた時に魔力があったなら、私にわからないはずがありません。…150年隠し通した、その事自体があなたに元々魔力がなかった証拠です」
「そんな…そんな事…どうやって…?待って、私ゴールド夫人のお腹の中に赤ちゃんがいるのわかったよ!?あの赤ちゃんだって…魔力は……」
「…その子はちゃんと生きている子でしょう?あなたは……リーシャのお腹の中で時が止まっていたのですよ」
話の最後がわかってしまった。
どうしても女王について聞きたかったこともわかってしまった。
「わたし…生きてなかった?」
「正確ではありませんね。…非常に危ない状態で産まれた、が正しいでしょう」
「女王は…私に魔力を……分けた?」
「そうですね。全ての魔力を」
「だから女王は…消えた……」
「彼女がそう望みました。…私は止めませんでした」
……私の魔力は……女王そのものの魔力だった……。
「グレゴリー殿、僕は最初から…おそらくはそういった事情があったのだろうと思っていました」
「え…?」
「君とグレゴリー殿のやり取りを聞いていると、魔力の強さと外見には相関…ええと関係があると思える。ひいては…寿命の長さにも」
師匠が頷く。
「あの手紙に鍵をかけた人物は、シャロンより魔力が強い魔女だと言っていたでしょう?…あとから君の母上だとわかったんだけど。そして君は、お師匠より魔力が強い」
今度は二人で頷く。
「ならばなぜ女王はここにいないのか、150年も前に亡くなったのか。グレゴリー殿はこんなに若々しくここにいるのに……」
「あ…」
「…そういうことです。リーシャはあれ以上生きる事を望まなかった。…人生の目的は果たし終えたのでしょう。あなたを産んだ年に…クレインとフェザントには国交が樹立しましたから。…あなたが堂々とフェザントに帰れる、そう思ったのかもしれませんね」
堂々と…か。
「私…きっとリーシャ女王にそっくりなんだね。先のこと考えるのが苦手で、やってみてから後悔する…。魔力を全部貰ったら、堂々と帰るなんて無理じゃない。こっそりと修行に来るのが精一杯……」
でもきっと、私も似たような事をする。
ウィルの子どもを産めたなら、その子のために魔力でも何でも差し出すと思う。
…そんな気がする。




