114.疲れる師匠
「ぃたたたたたたー!!ごめんなはひししょー!」
「あれからそろそろ1年が経とうと言うのに、全く成長していないとは驚きです。…たかだか1年であなたの頭の中が変わるなら、今までの私の苦労は何だったんだという話になりますからこれはこれでいいのでしょうか」
知らないー!痛いからほっぺた離して!!
ドレイク村のバーカウンターといえばここ…いや、本当は鍛冶屋であるこの場にはあまりにも不釣り合いなキラキラオーラの王子様と、シャラシャラオーラの変態師匠。
さっきまでの感動的な場面はどこへやら、私のほっぺたはまるでどんぐりを頬張るリスである。
「グ、グレゴリー殿、そのぐらいで何とか…。一応シャロンも大勢の人間から見られる立場ですし……」
「…ウィル君?私はあなたにも少し腹を立てているのですがねぇ?」
「…え、何のことでしょうか」
ウィルごめーん!とばっちりがそっちにまで…!
「…シャロンあなた、いつから二人の師を持てるほど優秀になったのです…?そしてウィル君、シャロンを野放しにするなんて言語道断!フェザントを滅ぼす気ですか!?」
「「………………。」」
そこか。
「…とまぁ冗談はさておき」
「「………………。」」
「ライラさんと申しましたか、私がクレインでのこのアホ娘の師匠をしております、グレゴリー・マクベルクと申します」
「は、はぁ。ご丁寧にどうも…。ビールでいいのかい?」
ライ師匠…健在だ。
「ちょっと母さん、目が…目が痛いんだけど。何かこの人たち背景から浮いて見えるよ?」
「…しっ。何かヤバい感じがするよ」
……聞こえてますよ。
疲れる…。師匠と喋るととにかく疲れる。
「あの…師匠、何しに来たんですか?」
「何しに?あぁそうでした。ウィル君に話を聞きましてね、友の…墓とやらを見に来たのですよ」
「見に…ですか?拝まずに?」
「…石を拝んでどうするのです。本人がそこにいるなら話せばいいだけのこと。だから見に来ました」
……なる、ほど?
「どうでしたか?グレゴリー殿」
ウィルがさり気なく訊ねる。
「村中回りましたが…いませんでしたねぇ。予想通り」
「予想通り……ですか?」
私も何も感じなかったから、師匠の言うことは本当だ。
「リーシャが来たのでしょう」
「「…はい?」」
「だからリーシャが…何ですか、その顔は」
私とウィルは、きっと口をぽかんと開けた間抜けな顔をしていたに違いない。
「ギルが未練なく眠りについたのであれば、リーシャがここに来たということでしょう。あの性悪の手紙にも書いてありましたよね。…何かおかしな事を言いましたか?」
おかしなこと…?いや待って待って!
「ちょっと師匠!そんな…感じの話でしたか?師匠が教えてくれた女王は、ギルバート・ウォーブルが結婚して悲しんで…彼が死んで途方に暮れて…とかそういう話じゃなかったですか!?」
「…そうとも取れる話だった、ね」
「ウィルもそう思うでしょう!?」
「…僕は、少し違和感があったんだけど……」
「…え?」
師匠がスクッと立ち上がる。
「…場所を変えましょう。ライラさん、また今度ゆっくりご挨拶に伺います。ビールご馳走様でした。次はクレインの酒をお持ちします」
「あ…ああ。またどうぞ。シャロン…大丈夫かい?」
「ライ師匠…。またすぐに来ます。…聞いて欲しい話が出来そうな気がする…」
「ああ、いつでもおいで」
師匠と関わるといつもこうだ。
私が聞き取るのが下手なのか、師匠が伝えるのが下手なのか、話が一方通行になる。
…多分師匠は、話しにくいことを私に隠そうとするくせがある。なまじお互いに思念が読めるから、隠し方が…ああそうか、ウィルの言った事が今頃わかった。
師匠は…事実だけど、真実じゃない話をするんだ。
真実は人によって変わる物語だから。
…じゃあ何のために?
おそらく…私を傷つけないために。




