111.怖くない
結婚式まで残り2か月となった頃、ウィルから聞かされたのは信じられない一言。
「ドレイク…?ドレイクに王様のお墓があるの?」
「そうだよ。僕が君を連れて行くのは…ギルバート王の陵墓だ」
ーー!!
「…僕とシャロンが揃ってて、それ以外には考えられないでしょう?」
そうかもしれないけど…だって、ドレイクって…
「馬車で1か月かかるって聞いた……」
お父さんのお墓があるなら行ってみたい。
だけど私もウィルも、もうそんなに長くはお城を空けられない。
「ちょっとね、色々…手を回して、そこを解決するのが一番難しかったんだけど、何とか間に合った」
「間に合った…?」
「出発は明日だ。…大丈夫だよ、ちゃんと実験もしたからね」
ウィルの言葉のほとんどが理解できなかったけれど、ここ最近いつもにも増して忙しそうにしていたのがこのためだったなら…。
朝食の席でも秘書官が持ってくる書類にサインをするウィル。相当忙しいのは間違いない。
「ウィル…無理してない?私、迷惑かけてない?」
「シャロンって時々すごくマイナス思考だよね」
「…マイナス」
「そう。出会った頃って妙に自信満々でもっと生意気だった気がするんだけど」
生意気って…まるで年上のお兄さんみたいなことを…。
「お妃教育が良くないんだよね。…僕はあんまり好きじゃないよ。出来ない事ばかり自覚させる今の教育。君は自分が思ってるよりたくさんの事ができるし、はっきり言ってフェザントの学者が束になっても及ばないほどの知識がある」
「え…?」
「…君は本当なら世界中を旅することが出来る人だ。僕の我儘でこの国に縛りつけてしまうんだから、君のためにやる事に無理なんて一つもない。…というか、どう考えても無理させてるのは…こっちだし」
「ウィル……」
「明日楽しみにしてて。ライラさんとショーン君にも連絡してあるから」
「!!」
私のこめかみに一つキスを落として仕事に向かうウィル。
……マイナス思考か。
「で、マリーにアリー、マイナス思考って何?」
「「はい?」」
「ウィルが言わんとすることは良くわかるの。確かに私出来ないことばっかり気になっちゃって、昔みたいに振る舞えないというか……」
だって本当に何もできないんだもん。
…いや、ちょっと違う。そもそもお城に来る前にできてなきゃいけなかったことが足りてないって思い知らされるというか…。
「それは姫様が大人になられたってことですよ」
「大人に…?」
「そうですよ。子どもの頃は誰でも無敵ですからね。何も知らずにいた頃は、怖いものなんて無かったのではないですか?」
怖いもの…。
「…私、何か怖がってる?」
双子が目を見合わせる。
「「そりゃあもう」」
「え」
…最近はお茶会も髭の男の人もあんまり怖くないんだけど。あ、さんすう…いや、割り算までできるようになったし。
「シャロン様…幸せすぎて怖いのでしょう?」
「そうそう、姫様ったら殿下に毎晩ぎゅーっとしがみついて……」
「え」
「「幸せが夢なんじゃないかと思って怖い!!」」
「え!」
夢なんじゃないか…?
「そ、そうなの?私よくわからない……」
「目が覚めたら消えてしまいそうな気がするのでしょう?」
「そうそう。大丈夫ですよ、姫様。私もマリーもいつも側におります。殿下はもちろん、この宮にいる者も、陛下も王妃殿下も、シャロン様が大好きですから、勝手に消えたりしませんよ」
消えない……。
「あ、僕もちゃんといまーす!」
え、この緊張感の無い声は……。
壁の隅へと視線をやる。
「ディノ!?いつからそこに!?」
「…たいてい側にいます。殿下が怖いから姿見せないようにしてますけど」
「そうだったんだ!ディノはクビにしたって聞いてたからびっくり!」
「はぁっっ!?」
「あはは!嘘だよ。私の護衛はディノ以外無理だってウィル言ってたよ。でも何だったかな…。ええと、あ、そうだ!いい奥さん候補見つけたって」
「え゛……」
「指一つで甲冑壊せる人!よかったね!」
私と一緒だ。友だちになれるかな。
「……あんの腹黒ぉぉぉ!!!シャロン様!殿下が困って泣くぐらいの我儘言いましょう!あの夜空の星をネックレスにしろとか言いましょう!!」
「まあ素敵!マリーもそれいいと思いますわ!」
「え、え?」
「あ、仕返しですかぁ?アリーは殿下に歌を歌ってもらう方がいいと思いま〜す!」
「「「…え?」」」
「殿下が子どもの頃逃げ出すほど嫌いだったのは…ズバリ歌の時間なのです!!王家の機密情報です!」
「「「……えーーー!!?」」」
その後の私の部屋は大盛り上がりだった。
ディノはずっと大爆笑していたし、マリーはアリーに滔々とお説教をしていた。
明日は最後のご先祖巡り。
会いに行こう、ギルバート・ウォーブルに。




