110.荒野に立つ
陛下が選定した第6代目の王の陵墓。
1400年前という、もはや残される記録も真実かどうかわからないほど古い王。
…正直な話、初代から三代まではフェザント王国の始祖としてそれなりに祀られているが、このあたりからは…雑だ。
陛下がなぜこの王にこだわるのか、僕にはよくわからない。
「本当になんにもないね…。ここはフェザントの北部だよね?」
「そうだね。向こうに見える山が北のシーガル国との国境だよ」
「へぇ……!」
シャロンは最近フェザントについてかなり詳しくなった。…頑張ってくれている。
「行こう。荒野の真ん中に石碑がある。そこが目的地だ」
彼女がこくりと頷いてローブを翻す。
すっかりドレス姿も板についてきたが、やはりシャロンにはローブ姿が一番似合うと思う。
王都から馬車で五日、旧王都からなら馬車で六日ほどのこの荒野。
国境としては比較的王都に近いこの場所は……
「ここは…たくさんの人が死んだんだね」
「!!」
「あ、見えないよ。形は見えない。でも…漂ってるのはわかる。王様が言ってたのはこの事かなぁ……」
…彼女には、この先きっと嘘は一つもつけない。
聞かせたくない話もたくさんあるし、できれば楽しくて優しい世界だけで生きて欲しい。
…でも、そうではない世界も分け合っていけるなら、それは何と幸せなことなんだろう。
「ここは…何百年も戦場だったんだ。それこそ本当に長い間。……この国が今の形に収まるまで、ずっと」
「…歴史の先生が言ってた。この頃は王様も戦場に出てたって。6番目の王様はここで…?」
「…多分ね。歴史書には一行しか書かれてないから、多分」
「そっか。子孫思いのいい王様だね」
「えっ?」
「だって、覚えるの一行でいいんだよ?時代が今に近づくほど教科書の行数増えていくじゃない。私の孫とかひ孫とか、多分脳みそ爆発しちゃうよ」
孫……。
「ははは!シャロンの言う通りだ。僕も教科書には一行だけ残して貰おうかな」
「それいいね。カッコいい王様がいましたって書いてもらってね!」
…陛下がここを選定した理由、きっとあの人はシャロンじゃなくて僕にここを見せたかったのだろう。
とにかくふざけた王だけど…父親としては彼のように生きるのもありなのかもしれない。
いや、やっぱりもう少し仕事はちゃんとして欲しいが。
二人で荒野に立つ石碑に花を供える。
シャロンが育てた青い花。
今や王城中で見かける青い花。
君だけが知らない、君の存在感。
「教科書に残す一行はもう決めてるからね」
「そうなの?」
「そうだよ。長生きして、子孫と一緒に読んでね」
そう言うと、彼女が口を尖らせる。
「…それ、冗談にならないんだけど」
「フフ、君たちは長生きだもんね。…君を一人残したら悪い虫がわんさか湧きそうで、考えただけで胃のあたりがムカムカするんだけど」
彼女の手を引いて、荒野から馬車へと移動する。
馬車まであと数歩というところで、シャロンの足がピタリと止まった。
「…シャロン?」
俯いてしまった彼女の方に慌てて向き直る。
「私ね…できればウィルと一緒のお墓に入りたいの」
「…え?」
「ご先祖巡りの前に習ったの。仲の良かった王様と王妃様は、同じ所にお墓があるって。あんまり無いっていうのがちょっとどうかと思うんだけど……」
「ああ……」
まぁほとんどが政略結婚だからな。
「だから私、あと50年くらいでなんとか……」
なんとか?なんとかって……
「え…それって可能なの?」
「うん…多分。最後の謎が解ければなんとか……」
最後の謎…。
「あ、でも解けなかった時のためにウィルが長生きしてくれる?」
キラキラとした瞳が僕を見上げる。
「……可能な限り努力してみる」
彼女の中に残っている最後の謎。
解ければ何と素晴らしいことか。
…でも、そこまで独占欲を丸出しにするのもどうかと思う自分もいる。
残る陵墓はあと一つ。
僕が選ぶ先祖なんて、彼以外には有り得ない。
さて…また忙しくなるな。




