106.お手柄
「お前が正しきウォーブルなのは間違いない。だってクレインの姫は儂の前には現れなかったからな。……違うか。お前が見つけた、が正しいのか」
「父上…」
「お、お前が父と呼んでくれるのはいつ振りだ!?今日は宴じゃ!」
…言うんじゃなかった、そんな事を考えていた時だった。中央宮がにわかに騒がしくなる。
「ベアトリスの足音じゃ!なんじゃ、帰りが早いのう……」
足音で母上がわかるとは…。なるほど、この父は間違いなく母のことを愛してやまないのだろう。
「ドレイクの事はお前の好きにするが良い。クレインの姫を娶るお前には、そうする権利も義務もある。じゃがな…落とすは儂では無いぞ。四強のうちの一角だ。何をするにも小奴等の説得が一番骨が折れる」
そう言い残して足早に妻の元へ駆けていく父。25になるまで知らなかった両親の私人としての姿に、少しだけむず痒いものを感じながら、彼の背中を追った。
「あら、陛下に…ウィルフレッド。珍しいですね、お前が中央宮に来るなんて」
「ええ…。陛下に相談したい事がありまして」
「そうですか。陛下に相談して解決することがあればよいのですが」
「王妃よ……そなた儂をアホだと思うとるじゃろ」
「いいえ、少し足りないかな、とは思っております」
「それをアホだと思うとると言うんじゃ!ったく、いつもいつもツンツンしおって。もちっと儂に優しくしてくれても……」
「あら、陛下は私の氷のような瞳がお好きだとおっしゃるではないですか。溶かしてしまっても良いのですよ?」
「ば…馬鹿もの!息子の前でバラすでない!」
…手遅れだし、ものすごく気持ち悪い。
「それよりお前、今日は姫と茶会ではなかったか?姫のドレスを選ぶのにルンルンしておったじゃろ?」
「ああ、少しばかり問題が起きたのです。今日は散会となりました」
問題…?シャロンは大丈夫だったのだろうか。
婚約披露の時のように貴族のご夫人方に何か言われたり……。
気づけば王太子宮まで駆けていた。
「ウィルフレッドはあなたそっくりですね」
「やっぱり?ロストラム家の男子はどうにも初恋の相手に弱いんじゃ」
「え?姫が初恋?あの子はもういい歳ですよ。遅すぎませんか?」
「いーや、アレは絶対そうじゃ。あの執着は間違いない」
なんていう事を両親がヒソヒソ話していたとは全く思わず、僕は目の前に突き出された包を凝視していた。
顔には出さずに。
…いったい何があって大蔵大臣から金銭を包まれる事になる……?
シャロンが持っていた本…。
いやまさか。
でも大臣のこの隠しきれない喜色をたたえた顔…。
それに夫人を伴ってシャロンを訪ねた様…。
「…夫人、お体は大丈夫なのですか?」
とりあえず小手調べである。
「ええ。シャロン様のおかげでございます。私本当に息をするのも苦しくて、太ったのだとばかり思っておりましたの。ですからいつもより紐を強めに締めてしまいまして……」
「…あの場に姫がいらっしゃらなければ、我ら夫婦、まさか子が出来ていたとも知らずに、無茶な夜会への出席を繰り返していたでしょう。ルイーズは体調の悪さを薬で誤魔化していたやもしれません」
なる……ほど。
「…それはよかった。シャロン、お手柄だったね」
そう声をかけると、彼女が嬉しそうに微笑む。
…いい。とてもいい。
「つきましては、取り急ぎ御礼に…とまかりこしましてございます。生憎今日の今日で何一つ品を用意する事が出来ませんでしたので、無粋ではございますがどうぞお納め下さい」
そう言って夫妻が頭を下げる。
「…そうでしたか。それはわざわざありがとうございます。ですが……シャロン、シャロンは御礼が欲しくてゴールド夫人を助けたの」
そう彼女に問うと、ものすごい勢いで首を横に振る。
「違う違う!赤ちゃんが教えてくれたの。ルイーズさんが苦しがってるって。だから夫人を助けたのはお腹の赤ちゃんなの」
「お腹の子が………」
ルイーズ夫人が呟く。
「その包みって…中身、お金?私ね、フェザントのお金あまり使い方がわからないの。もしよかったらこのお金で他の赤ちゃんを助けてあげてくれない?無事に産まれてくる赤ちゃんばかりじゃないって聞いたから……」
「「………!」」
シャロンはすごい。ここぞという時にもっとも効果のある言葉を使える。
…計算してのことじゃないだろうが。
「…大臣、シャロンもこう言っておりますし、私たちならば包んで頂いた以上にもっと大きな事ができると思いませんか?どうでしょう、一つご提案があるのですが……」
…魔法を使わなくても、彼女は夢を叶えてくれるのかもしれない。




