105.大臣夫妻
「姫様…まさか、まさかとは思いますが、お腹に……」
「アリー、いくら何でも昨日の今日はないでしょう?…シャロン様?何か気になることでも……」
王妃様と別れて王太子宮に戻った私は、妊娠中の過ごし方の本を読んでいた。
…本当は子どもができる方法の本を探したが、王宮書庫には無かった。
…あったのかも知れないが、見つけられなかった。
代わりに医術書の書架で見つけたのが『これで安心、妊婦の心得』である。
「ん〜、ちょっとね。今日のお茶会でお腹に赤ちゃんがいる人が見つかったんだけど、倒れるほど大変なのかなと思って」
これは嘘では無い。真っ青になって倒れるほど大変なのは、ゴールド夫人だからなのか、普通のことなのか知りたかったのだ。
「あ、あぁなるほど…。私もまだ未婚ですから母や叔母の聞きかじりではございますが、人によってはそれはもう大変らしいですわ」
「そうそう、ずーっと吐き続けて、食事も取れなくなる人もいるとか。ね、マリー」
「そうね。あとは食べられるものが制限されたり、動き回れなかったり、何かと大変だとは聞きますわ」
「え…そうなの?そんなに大変なの…?」
「あ、いえいえシャロン様、あくまでも人による、という事です。だから安心して殿下と……」
お腹に赤ちゃんがいるって大変なんだ……。
じゃあ女王リーシャはどうだったんだろう。私を150年もお腹に抱えて大変じゃなかったんだろうか。
そもそも…何で私をそのままにしたんだろう。
さっさと産んで養子に出す事もできただろうし、クレインの魔法なら〝宿った子を天に返す〟事もできたはずだ。そう書かれた魔術書も読んだ記憶がある。
それともう一つ、彼女についてはどうしても理解できていない事がある。
師匠には聞きづらかったからあの場では深追いしなかったけど、どう考えても納得いかない事だ。
彼女に直接聞いてみたかった。人間との間の子どもを産んだ、リーシャという一人の女性に。
頭の中で色々な事を考えていると、ふいに声がした。
「…僕と、何かな?」
「ウィル!」
「「殿下!」」
今日はすごく忙しいって言ってたのに。
突然のウィルの登場に三人でビックリする。
「…シャロン、茶会で問題が起きたって聞いた。大丈夫?」
「え…?問題?」
「ああ。中央宮に王妃殿下が帰って来られたから、陛下が尋ねたんだ。早すぎるのでは、って。そしたら殿下が、少々問題が起きて茶会は散会になったって……」
そっか、心配して来てくれたんだ。
「ありがとう、ウィル。問題が起きたのは私じゃなくて……」
その時だった。
私室の部屋の扉がコンコンと鳴らされる。
例のごとく、マリーが応対する。
「シャロン姫、ゴールド大臣夫妻がお見えだそうです。応接にお通ししてよろしいでしょうか」
その言葉に驚愕の顔をしたのはウィルだった。
「大蔵大臣夫妻?なんでまた…」
「あー…多分これかな?」
私はウィルに読んでいた本を手渡す。
本の題名を見て、ウィルがもう一度驚愕の顔をする。
「マリー、すぐに行きますって伝えてもらえる?ウィル…よかったら一緒に来てくれない?大臣とは、上手に喋れる気がしない」
ウィルはまだ驚いた顔をしていたが、二度ほど頷くとキリッといつもの王子様の顔になって、私の手を引いて部屋を後にした。
応接に入ると、ゴールド大臣夫妻が深く深く頭を下げて、私たちの入室を出迎えた。
ウィルが声をかける。
「顔を上げて下さい。申し訳ないが私も同席することになった」
そう言って夫妻の対面のソファに私を座らせると、ウィルも隣に座る。
「いえいえ、姫への感謝は殿下への感謝に他なりません。ぜひ殿下にも私どもの心からの気持ちをお受け取り頂きたい」
そう言って、ウィルの目の前に大きな包みを出す。
ウィルはきっと本当に頭がいいんだろう。
事情もよくわからなかっただろうに、その場で最もいい手を選べるんだから。




