103.大金星
「ゥゥゥルイーーーズぅぅぅぅ!!」
それはそれは大きな声だった。
窓ガラスが震えるんじゃないかと思うほどの大声で医務室へと駆け込んで来たのは、セオドア・ゴールド大蔵大臣…。
「大臣!医務室では静かに願いますぞ!!」
声を聞きつけてやってきた宮廷医の髭のお爺さんが大臣を嗜める。
「こ、これは失礼した!して、ルイーズは……!?」
大臣の問いに、宮廷医がニッコリと微笑みこうべを垂れる。
「ゴールド大臣、おめでとうございます。奥方は、確かに懐妊されておりますじゃ」
お爺さんの声に、大臣の肩が震える。
そして、その瞳からは…ポロっと一粒の涙が……。
「なんと…なんという…!」
「そこのシャロン姫によく礼を言われることじゃ。姫が気づいてくれなんだら、今ごろ禁制品の薬でも処方しとるとこじゃった。まさか…そこまでは思い至らんからな」
私…??
突然自分の名前が出たことにキョトンとする。
「おお!姫よ…!あなたはゴールド家の恩人です…!なんと、なんと御礼申し上げれば良いか…!!」
私の前に傅いて頭を下げる大臣。
「え、え?」
混乱する頭でしばらく呆然していると、医務室の扉が開いた。
「姫よ……あぁ、大臣も来ておられましたか。その様子だと間違いなかったようですね。ささ、姫、あとは大臣に任せて我々は城へと戻りましょう」
「は、はい!」
傅いたままの大臣を残して、私は王妃様の後を追う。
「姫!大金星です!!」
王城にある王妃様の部屋の応接で、お茶を一口飲んだ王妃様が突然大声を上げた。
「きんぼし…ですか?」
「ええ、ええ、当然です。これほどの金星はそう挙げられるものではありません!今日の戦…我らの勝利です!」
「勝利……」
正直どこで勝敗がついたのか、全く見当もつかない。
「姫よ、ゴールド大臣はいくつに見えますか?夫人も」
「う…それは……」
「よいよい。ウィルフレッドから聞いています。フェザント人の見分けが難しいと」
「…はい、申し訳ありません」
「ホホ、みな揃いも揃って変な頭をしているから仕方ありません」
「…王妃様も変だと思ってる?」
「当然です。妾は、あの頭は妾を笑わせるための罠だと思っております」
…そう言えば王妃様は普通のまとめ髪……。
「話が逸れましたね。ゴールド大臣は今年40歳。奥方のルイーズ夫人は37歳。…はっきり言って、子ができるなどと誰が予測できたでしょう」
「…え?」
「シャロン姫、フェザントでは多くの女性が20歳前後で子を産むのです。そして20代で産み終わる。…ゴールド大臣夫妻は養子を迎える準備に入っていると聞き及んでいました。…まさか我が子を迎えられるなんて、二人の喜色満面の顔が目に浮かぶようです」
「そうだったんですね…。私、言ってはいけない事を口にしたのかと思って、少し…怖くて…」
王妃様の目が少し柔らかくなる。
「そうですね。懐妊の事実は繊細なこと。あまり大っぴらに喧伝するのはよくありません。…流れることもあります。ですが、今回はここしか無いと言うほどの見事な機会でした。あなたがいなければ、本当にルイーズ夫人には何の薬が処方されていたかわかったものではありません。…そのぐらい、フェザントでは珍しく、素晴らしいよろこび事なのですよ」
クレインとは違う、人の国のことわり。
魔女はいつ子を産めなくなるんだろう。
…私は150歳を超えている。
たった37歳のルイーズさんですら難しいって言われているのに、私は大丈夫なんだろうか。
いや、ちょっと待て。
人間の赤ちゃんはどうやってお腹に入った?
転移魔法は誰がかけたの?
師匠がくれた本には、魔力の釣り合いがいい男女がお互いの魔力を練り合わせてどうのこうのって……
え、それだったら魔法使いのいないフェザントでは赤ちゃんが生まれるなんて無理じゃない。
え?私どうやって生まれてきた?
ギルバート・ウォーブルには魔力が…いやいや、人間だし、あったとしてもリーシャほどはあり得ないでしょ。
あー!!ウィル、ウィルにも魔力が無い!!
「シャロン姫、とにかく四強の一角を倒した事は大きい。必ずやウィルフレッドの助けとなります。目指すは全戦全勝です!」
「あ、は、はいっっ!!」
いつの間にか総当たり戦の様相を呈してきたお茶会。
とりあえずこの謎はウィルがいつか教えてくれるだろうし、今は次のお茶会のために今日を振り返って作戦を練るのだ。




