102.秘密基地
中央宮…言わずと知れた陛下の私的な宮だ。私的とは言え大勢の人間が出入りするわけで、本当の意味でのプライバシーが守られているのは……。
「ほれ、入らんか」
「え、ええ…はい」
陛下に促され足を踏み入れたのは…地下宮殿。
まさか中央宮の陛下の私室の下に、このような場所が隠されていたとは……。
「秘密基地みたいでいいじゃろ?男心をくすぐるじゃろ?」
「は、はあ……」
手入れさえすれば、すぐにでも生活が出来そうなほどしっかりとした造りの宮に、正直困惑しかない。
「陛下…何のためにこんなものが…」
「知らん。けれど戴冠と同時に明かされる王家の秘密の一つである事は確かじゃ」
「戴冠と同時にって…私に今明かして大丈夫なのですか!?」
陛下がちょっとだけ宙を見て、そして口を開く。
「別にいいじゃろ。儂にはお前しか子がおらんからな。どうせお前にしか話すこともない」
それでいいのか…?歴史とか伝統とか、何かあるだろう。
「ほれ、そこに座れ」
指し示されたのは、書斎の一角に設けられた文机。
言われた通りに椅子に座ると、陛下が書棚から数冊の本を引き抜いた。
「王宮の禁書庫にあるのはな、あくまでもフェザント国王としての手記じゃ。中には赤裸々なものもあるがな、いずれは誰かに見られる事をわかって書いておる」
「え…?」
「儂らの生き様は、未来の歴史学者の格好の飯の種じゃろ?ちょっとぐらいおもしろおかしく書き残してやらんとな」
「はあ……」
「お前もこのままでは堅物でつまらん王だったと歴史家に書かれるのがオチじゃから、姫とのラブラブ日記でも残して未来の学者どもを驚かせるが良い」
「……………。」
「…儂らには、もう一つの顔がある」
陛下が少し低い声で話し出す。
「…ロストラム家としての顔、ですね」
「そうじゃ」
陛下が頷く。
「ロストラム家が王位について早1500年。フェザントの王家はロストラム家だと誰もが思っておるが、別にそんな事はない。儂は……お前も知っての通り、王妃との間になかなか子ができず、30過ぎてお前を授かった。お前が生まれなかった場合、次の王は普通は儂の姉の子まで移る。じゃがそこにも男児はおらんから、前陛下の妹の子の子…という感じで、継承順位通りに王家が移るのじゃ」
僕は頷く。
「ロストラムに生まれた長男は、ウォーブル姓を継ぐ。不思議に思わんかったか?王家が持っている公爵位は沢山あるのに、なぜ歴代の王は皆ウォーブルだったのか」
…何度か考えなかったわけではない。だがそれも伝統の一つだと自分の中で消化していた。
「秘密の答えはこれじゃ。この家系図。300年前の…ギルバート・ウォーブルの秘密じゃよ」
庭園は大騒動だった。
護衛兵と宮廷医が呼ばれ、ゴールド夫人を丁重に医務室へと運んでいく。
様子を見守っていた王妃様が皆を落ち着かせるために声を出す。
「みな落ち着くのです。姫、さすがです。クレインは占術が盛んな国。そなたは占いが得意と聞いています。もしそなたがいなければ宮廷医は薬を処方していた事でしょう」
王妃様の言葉に庭園中のご夫人たちが息を飲む。
「姫、ゴールド夫人についていておやりなさい。こちらは私が対処します。ひと段落着いたら妾も向かいます」
王妃様がコソッと耳打ちした言葉に一つ頷くと、私は医務室へとドレスを翻した。
医務室のベッドに横たわるゴールド夫人。青白かった顔には少しだけ赤みがさしていた。
彼女の側に椅子を寄せ、薄い夏用の布団がかけられたお腹をじっと見る。
…何で口に出しちゃったんだろう…。
もっと他に正しい言い回しがあったかも知れないのに…。
でも、彼女を見た瞬間からわかってしまったのだ。
…もう一人いるって。
見えないお客さん系のものじゃない。夫人のお腹に、小さな人がいるのがわかってしまったから……。
…変に思われたかな。
…魔女だって…バレちゃったかな。
…ウィルの奥さんになれなくなったらどうしよう。
じわっと瞳に涙が溜まるのを感じる。
そんな感傷を打ち消したのは、凄まじい形相で医務室に入ってきた一人の男性だった。




