101.四人のご夫人
「ご歓談中失礼します。宰相夫人並びに三役のご夫人方とお見受けします。遅ればせながらご挨拶に伺いました。…シャロンと申します。以後よろしくお願いします」
フェザントの言葉は難しい。
クレインは年齢がほとんど意味のない国だから、女王みたいに明らかに立場が上の人以外に馬鹿丁寧な話し方はしない。
ましてや単語自体が変わるなんて、どれだけ複雑な言語なんだ。
…ついでに頭の中では違うことを考えるなんて………。
「まぁ、これはこれはシャロン姫。私どもが出向くべきところ大変失礼いたしました。私はギブスバーグ侯爵家のアマンダ•ギブスバーグ。夫は国王陛下より宰相の任を賜っております。(まだ婚約者である姫より、立場は上なのです)」
「よろしくお願いします。宰相夫人」
とりあえず厳しそうな人だという事はわかった。ニッコリしとこっと。
宰相夫人の隣を見ると、今度は丸顔で一見人懐っこそうな女性と目が合う。
「シャロン姫、私はガロン侯爵家のデニーズ•ガロン。夫は内務大臣を拝命しております。王太子殿下には何度か我が家にもお越しいただいた事がございますのよ。よろしくお願いしますね(この意味おわかりかしら?)」
内務大臣はウィルの元上司だって言ってた気がする…。憲兵隊の人なのかな。
「殿下からもガロン大臣にはお世話になったと伝え聞いております。殿下ともどもよろしくお願いします」
かなり精神的に疲れを感じてはいるが、ここが正念場だということはわかっている。
私の魔力量ならまだまだ思念は読める。
…口角が動くかどうかが問題だ。
「外務大臣のブラッドフォード・グリモンドが妻、ジャクリーンにございます。クレイン共和国のことについて色々お聞かせください。(謎多きクレインには若い頃から興味があったのよ。皆このように美しい容姿をしているのかしら。入城の際は黒のローブだったと聞いてるわ。どんなローブなのかしら。ブラッドだけずるいわ)」
………。
思わず目をパチクリしてしまう。口から出てくる言葉の素っ気なさに比べ、頭の中は何と騒がしいのだろう。
…でも、少し嬉しい。
「グリモンド夫人、ぜひクレインの話を聞いてください」
最後の4人目…。
この人は明らかに他の人と違っている。
「ルイーズ・ゴールド…夫は大蔵大臣を…。よろしくお願いいたしますわ」
顔色は真っ青で、言葉と裏腹なことを考える余裕もないほど体調が悪いようだ。
「ゴールド夫人…よろしくお願いします。喉が渇いてらっしゃるのでは?よかったらあちらで……」
私の言葉にゴールド夫人の瞳が揺れる。
「い、いえ…(あぁ、どうしましょう。この場を抜けるなんて他の三夫人に何て言われるか。でも、もう立っているのも限界だわ……)」
私たちのやり取りを聞き咎めた宰相夫人が言葉を出す。
「なんですゴールド夫人?姫といつの間に懇意になったのです。(アンジェリカの立場を奪ったこの姫と!)」
「い、いえ、そんな!(どうしましょう、宰相夫人の機嫌を損ねてしまったわ…。夫の迷惑になってしまう…!)」
ゴールド夫人の気丈な振る舞いも、ここまでだった。
「わたくし………」
そう最後に呟いて、フラリとその場に倒れ込んでしまった。
「き…きゃー!」
「誰か!誰か来なさい!!」
「ゴールド夫人!!」
口々に取り乱す夫人たちを無視して、倒れたゴールド夫人の側に膝立ちになる。
「ひ、姫!何をなさっているのです!」
宰相夫人が貴族女性らしくない私の振る舞いを咎める。
うるさいなーと思いはしたが、無視してゴールド夫人のギュウギュウに絞られたドレスのウエストリボンを緩める。
え、下にも何か着てる!?これは苦しいわ。信じらんない!フェザントのドレス信じらんない!!
仰向けのゴールド夫人を少し斜めにずらして、私はこっそりドレスの下でギュウギュウに彼女を締め付けている沢山の紐を魔法で解いた。
気を失っていながらも、ホッと息を一つこぼしたゴールド夫人に宰相夫人が驚愕に目を見開きながら、それでも発する声は私を責めている。
「な、な、何を…!?」
「あなたうるさいんですよさっきから。赤ちゃんが苦しいって言ってるの、聞こえないんですか!?」
あ、しまった…。
そうは思っても後の祭り。
座り込む私に降り注ぐのは…鳩が豆鉄砲を食ったような…点になった六つの瞳だった。




