第685話 招かざる客の不運
「どうやら招かざる客のようですが、どうしましょうか?」
シュガー領都の城館執務室。
そこに珍しく竜人族の面々が訪れてタウロに面会を求め、ある報告を行っていた。
「……その人達は、今、この領都に向かっているんですね?」
タウロは大勇者や大賢者などそうそうたる面子の報告に詳しく尋ねた。
「ええ。個々は大した事もなさそうですが、領内に侵入してきた総人数は四十人ほど。現在、こちらの神域結界師の話では、北の同族のようです。あちらは長い年月と交配でかなり質が落ちているのか、こちらの結界に気づけない程度の実力の様子です。ですが、それでもこの領都を破壊するくらいの力は持ち合わせていると思います」
「その人達から敵意を感じるわけですね?」
「ええ。結界にも色々あり、うちの神域結界師によって、タウロ殿にあだなす者の気配はすぐに察知できるようにしてありますから、間違いないかと思います」
「……はぁ……。──北という事は、やっぱり帝国絡みかぁ……」
タウロは大きくため息を吐くと、心当たりがありすぎる相手を口にした。
「タウロ、どうするの? 北の竜人族が四十人も入ってきているという事は、事前にそれに協力、もしくは手招きしている者も入ってきているはずよ。つまり、竜人族のみんなが結界を張ってくれる前に入ってきていた帝国兵が」
エアリスが鋭い指摘をする。
「……聖女誘拐未遂事件の時の『金獅子』的な連中かな……? それは困るなぁ」
タウロもその指摘に嫌な顔をした。
あの時、タウロも瀕死の中で能力を発動してどうにか返り討ちにしているからだ。
「それなら、北の竜人族の連中が現在、領都周辺四か所に分かれて待機しているようなので、それを出迎えたと思われる人族が多分帝国兵かと」
神域結界師の竜人族が、目を閉じたまま、何かわかるのかそう応じた。
「さすが先輩達。結界を張ったこの領内では敵も手のひらの上の小石だな」
ラグーネが竜人族の先輩達の力に素直に感心する。
「タウロ様、領兵隊は庭にすでに編成した者達を集結させているでしゅ。これからその領都郊外の拠点を奇襲したいと思うので命令をお願いするでしゅ」
小人族でジーロシュガー領の領兵隊総隊長であるシャルが、タウロに許可を求めた。
そこにはアンクもおり、一緒に向かうつもりのようだ。
「その手間はご無用です、タウロ殿。近くにいた我ら竜人族の者達がすでに、この異変に気付き、現場に急行しているので、数が揃い次第、敵を一掃してみせます」
大勇者が恩人であるタウロに被害が出ないように、すでに手配を整えていた。
「仕事が早い……! 今からうちの領兵隊を現場に急行させても警戒されるだけかもしれないね……。そちらに任せてよろしいですか?」
タウロは北の竜人族の強さは、暗殺ギルドの元締めをしていた暗殺貴族邸宅襲撃の際に知っていたから、あれを相手では領兵隊も被害が出るのは必然だったし、今から動かしては後手に回る可能性の方が高いから大勇者に任せる事にした。
「了解しました。こちらで、殲滅します」
大勇者はそう応じると、『瞬間移動』でその場から消える。
大賢者も続いて『瞬間移動』で消えた。
神域結界師は、その場に残る。
「私は二人のような移動能力がないのでここに残って、状況を伝えます」
と神域結界師は告げる。
「わかりました、お願いします。──それにしても、敵も不幸だなぁ。竜人族のみんなが休養で訪問している時に、襲いに来るなんて……」
タウロは同情すると苦笑した。
「本当ね。私が帝国兵なら今頃、ともかく逃げる為に必死に走っていると思うわ」
エアリスもタウロに同調するように答える。
「やれやれ。自慢の領兵隊の活躍の場になるかと思ったら、桁外れの敵か。その敵もさらに桁外れの竜人族に蹂躙される事になるとは夢にも思わないだろうな」
アンクも、タウロとエアリスと同じように敵に同情した。
「タウロ様の命を狙う帝国兵に慈悲はないです!」
シオンは恩人であるタウロの命を狙う敵に同情するつもりは一切ないようである。
領主代理である犬人族のロビンとエルフのグラスローは、黙ってその話を聞いていた。
元々、専門外という事もあるが、領主であるタウロが竜人族に任せておけば、問題ないという姿勢を取っていたからだ。
「じゃあ、吉報を待とうか」
タウロが改めてそう告げると、一同は頷いて用意されたお茶を飲むのであった。
領都郊外。
爆炎の中、帝室が密かに誇る特殊部隊『金獅子』の総隊長は、死に物狂いで馬を走らせていた。
「き、聞いていないぞ、あんな化け物達がいるなんて!」
馬を走らせながら、総隊長は恐怖に顔を歪めて悲鳴を上げる。
背後では、帝国の守護者とされている『北竜』こと北の竜人族達が必死に抵抗しているが、圧倒的な実力差に屈しつつあった。
それに、何やら見えない力によってこちらの能力が発揮できない状態であったのだ。
総隊長はその嘘のような現場から遠ざかる馬の背から、背後をチラッっと見る。
すると丁度最後の北の竜人族が最後の手段とばかりにドラゴンに変化したところで、そのドラゴンが謎の敵の剣によって首を切り落とされる瞬間が視界に入った。
「!」
総隊長はそれを見たあとはもう、振り返る事なく馬の背にしがみついて必死にその尻に鞭を打つ。
夢中になって馬を飛ばし、追ってこないとわかったところで、ようやく一生懸命走っている馬の体力を気にして少し速度を落とした。
「はぁ、はぁ、はぁ……。どうにか逃げられたようだ……。……あれは多分『北竜』が言っていた一族の片割れ、南の竜人族、か……。だが、『北竜』の話では下手な手を打たない限り、やつらが参戦してくる事はなかったはず……。それにあんなに強いとは聞いてないぞ……! 『北竜』の連中、我々を謀っていたな……!」
総隊長は想定外の敵、それも人類が相手にしていいような者ではない相手に、底知れない恐怖を感じてそうつぶやく。
総隊長はどうやら、『北竜』から竜人族の情報についてあまり正確な情報を貰えていなかったのだろう。
「ともかく、他の拠点の部下達と合流せねば……。子供領主の暗殺は失敗だ……」
総隊長はそう悔しそうに一人つぶやくと、馬を止めて向きを変える。
そこに、
ひゅるひゅるひゅる……
と音が聞こえてきた。
「うん?」
総隊長は音のする方を見る。
そっちは先程まで自分が逃げてきた方向だ。
その視線を覆い尽くすように火の塊が迫っていた。
シュガー領都城館の執務室──
「報告します。敵が集結していた四か所全てで奇襲に成功。一人、勘のいい敵がいて逃げられそうになりましたが、私が場所を特定してそれを知らせ、大賢者の予測魔法撃ちで見事的中させた模様です。これで、領内にいる不穏分子は一掃できたと思います」
神域結界師が目を閉じたまま、結界にかかる敵が喪失した事を確認して、執務室内のタウロ達全員に報告する。
「は、早いね……。まだ、奇襲開始して三十分も経ってないんだけど……」
タウロは報告を聞いて、改めて敵に同情するように、あまりに早い結末を指摘する。
「これが、地上最強の種族の力、という事よ」
エアリスはもう、驚かず淡々とタウロに答える。
「うむ。それが竜人族だ!」
ラグーネは満足そうだ。
「よし、シャル総隊長。俺達は後処理に向かうとしよう。リーダー、それでいいか?」
アンクは気を取り直して確認する。
「あ、お願い」
タウロも正気に戻ったように、応じた。
「悪は滅しましたね!」
シオンが笑顔で、万歳する。
それに合わせて子供型自律思考人形セトも万歳した。
スライムエンペラーのぺらもタウロの肩の上でぴょんぴょん飛び跳ねる。
「僕の命も一安心か……! これで領主就任&昇爵パーティーを無事迎えられそうだね」
タウロはそう締め括ると、数日後に迫ったパーティーの為に気持ちを切り替えるのであった。
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