第684話 不穏な影と危機
「……こんな地方なのに、やけに異種族が多い土地だな」
隊商のリーダーと思われる男性が、ジーロシュガー領内の街道を馬車で進みながら周囲を観察し、そうつぶやいた。
「聞いていた情報とはかなり違いますね」
その部下と思われる男が、隊商のリーダーにそう答える。
「他の連中も同時期にシュガー領都郊外に拠点を作って入っているはずだが、連絡は?」
リーダーの男性は長閑な田園風景を脇目に馬車の御者台に座っているが、それに速度を合わせて速足でついてくる部下に聞いた。
「……すでに四か所に拠点作りを終え、準備が進んでいます」
「よし、……我々は商人。準備は入念に行わないと、……な? ──それで客人達はどうだ?」
リーダーは妙な間をおいて部下に話すと、確認をする。
「……今晩までには全員がジーロシュガー領入りする予定です」
「……そうか。この会話ができるのも、この辺りまでだ。シュガー領都郊外に到着したら、全て隠語になる。他の仲間との接触も慎重にな」
リーダーは意味ありげにそう部下に告げる。
「はっ!」
部下はそう言うと、速足で馬車から離れ、違う道に入ってその後ろ姿はすぐに見えなくなった。
「……この作戦は必ず成功させる」
隊商のリーダーはそう口にすると、目的地までほとんどしゃべらず、数台連なる馬車の列を率いてシュガー領都郊外の屋敷と大きな倉庫のある土地へと向かうのであった。
隊商の列は、周囲に民家のない広い敷地の屋敷に到着した。
周囲には長年放置されていたと思われる荒れた畑を耕す者達がちらほらと見える。
しかし、それらは屋敷を中心に四方に散っており、畑を耕す為というよりは、周囲を警戒する為の偽装のようであった。
「……ここは部下に結界を張らせているので、普通にしゃべって大丈夫です」
隊商のリーダーを出迎えた、屋敷の主と思われる人物が、リーダーと握手をしながら屋敷に招き入れるとそう答えた。
「よし。これでこちら側の兵隊は全員ジーロシュガー入りしたな」
リーダーは不穏な単語と共に屋敷の主と思われた部下に確認する。
「はい、あとは『《《北竜》》』の四十名が各拠点入りすれば、最終調整に入ります」
屋敷の主人は、大切な事をリーダーに答える。
「我ら『金獅子』の誇りにかけて同じ相手に同じ失敗は許されない。ましてや、今回の命令は皇太子殿下直々である。帝国の後ろ盾でもある『北の竜人族』の力を得てでも今回の任務は確実に達成しなければならない。わかるな」
「はっ! 総隊長自ら陣頭指揮を執られる以上、我々は命を掛けてなし遂げる所存です」
屋敷の主他、このジーロシュガー領に集結しているのは、帝国から派遣された『金獅子』であった。
『金獅子』とは、北の帝国、皇帝直下の幻の部隊で、その存在は寓話とも言われていた。
しかし、タウロ達一行が、過去に聖女誘拐を行おうとしていた『金獅子』を撃退した事があり、その存在が幻ではない事を証明した。
だが、北の帝国は依然、その存在を認めておらず、我が国を恐れる他国の妄想が作り出した幻という姿勢を貫いている。
「聖女誘拐任務では、我が組織も人員をかなり失い大きな痛手を負った。そして、それは帝室の顔に泥を塗る行為でもある。我々は今度こそ、失敗は許されない。だからこそ、『北竜』の力を借りるのだ」
『金獅子』総隊長ライオーは、伝説の組織のトップとして、謎多き人物だ。
それが、現場を訪れ陣頭指揮を執るというのは、異例の事であった。
「ですが、総隊長。『北竜』四十名の力を借りなくても、我ら『金獅子』と帝国が誇る諜報組織『金狼』のサポートがあれば、地方の成人前の子供領主暗殺など容易ではないでしょうか?」
部下がそう疑問を口にした。
「その私が誇る『金獅子』の手練れ五十人が聖女誘拐を失敗した事を忘れるな。あの失敗で我らの重要性を帝室に疑われる事態になっている。今回は皇太子殿下のご命令だが、我らに汚名返上のチャンスを与えてくれているのだ。失敗は許されない。それに今回の標的だが、『金狼』からの報告通りなら、多数の岩人形を所有しているだけでなく、聖女誘拐時、現場に居合わせた人物の可能性もあるという事だ……」
「え!? それは初耳ですが!? ……つまり、聖女誘拐を阻んだ人物の一人である可能性があるわけですね? そう言えば当時、生き延びた隊員の報告では手練れの子供がいたという話がありましたが、まさか本人ですか!?」
部下は総隊長の言葉に過去の報告と結び付けてハッとする。
「そのまさかだ。私もその報告を聞いて耳を疑ったが、『金狼』の分析は帝国随一。他国に優る正確さだ。情報が少ない中でよく発見したものよ」
「……ならば、同胞の無念を晴らす好機という事ですね……。ならば、仕留める機会は自分にお願いします」
部下は総隊長にそう申し出る。
「私情に走るな……! 我々は帝室の為だけに働く幻の部隊、任務優先だ。──今回は『北竜』に花を持たせよう。それに、我ら『金獅子』の隊員も聖女誘拐未遂で半数を失ってまだ、その痛手から回復できずにいる。今回、その残りの半数を率いてきているが、『北竜』との合同作戦は、領主暗殺実行と領都シュガーの徹底的な破壊。そして、それは『北竜』の手によって行われる。それが帝室の望む結果だ」
総隊長もタウロは自らの手で殺したい思いがあるが、そこは帝室への忠誠心が勝っていた。
「……わかりました。ですが、万が一失敗した時は我々『金獅子』の独断で殺しても問題ないですよね?」
「『北竜』が四十人も集結して失敗する事などありえんよ。『北竜』四十人は、小国一つを楽に滅ぼす事が出来るレベル。それをこんな地方の領地に送り込む事の意味を理解せよ」
「(ごくり……)……帝室はそれだけお怒りという事ですか……」
「そういう事だ。明後日の夜には、一晩とは言わず、数時間でシュガーの街は灰燼と化す事になるだろう。子供領主は帝国を敵に回した事を悔やむ暇もなく死ぬ事になるだろうな」
総隊長は『北竜』=『北の竜人族』の恐ろしさをそう評価すると、『金獅子』の汚名返上の為にも今回の任務を全うする事にだけ注力するつもりでいるのであった。




