第683話 前領主と現領主
あと半月もすると、タウロの領主就任式&昇爵祝いのパーティーが行われる。
そんな領民達もそわそわし始める頃。
領都シュガーは他種族が多く集う場所になっている。
最初の頃はタウロの領主としての評判を聞きつけ、商人達が領都の交易所目当てに集まってきたが、それに続いてタウロの良い噂に一度はこの領地で暮らした事のある者達が再び戻ってきた事で、領内全体に移住の流れが広がろうとしていた。
それくらい前領主の問題でこの領地を離れた異種族が多かったという事である。
今回の領主であるタウロは自らの足で各種族の自治区に足を運び、交渉を行う姿勢を見せた事、その姿勢に各自治区の責任者達も感銘を受けて近隣の自治区にもその評判を積極的に届けた事も功を奏していた。
この大きな流れは、ジーロシュガー領内の田舎の村にも届いていて、過疎化が進んでいたところは大歓迎の様子だ。
それに以前暮らしていた異種族の者達が、今度は一族を連れて移住するというパターンもあったので、村人達は懐かしい友人達とその家族を喜んで迎え入れた。
ただし、ここで普通問題になるのが、異種族間の文化の違いによる揉め事である。
この一か月余りで多くの異種族が移住してくれば、問題の一つや二つすぐにでも起きそうなものだが、これが意外な事にほとんど起きなかった。
タウロもそれを危惧していたので、意外にあっさりと問題も起きる事なくなじんだ様子だったのは意外だった。
どうやら領民は前領主ルネスク伯爵が異種族排除をするまでは、他種族との付き合い方を心得ている者の方が多かったようで、抵抗感が全くなかったのである。
だから、タウロの心配は徒労に終わったように見えた。
だがある時、このジーロシュガー領内の別荘地に住む人物が異種族の移住に反対である事を直訴してきた。
「別荘地がある土地の村長さんの頭を通り越して僕のところに直訴?」
タウロは首を傾げた。
こういっては何んだが、個人のクレームはその土地の責任者である村長や街長などに言うのが普通であり、そこを通り越して領主に直訴する事は、不敬に当たるからだ。
もちろん、その村長など責任者が当てにならない、もしくは握りつぶされる可能性があるから直訴するという事はあるだろうが、今回の直訴内容は他種族の移住者に反対するという内容のものであり、領主に直訴するという系統の話ではないように思えた。
「その直訴している人って詳しくはどう言っているの?」
「それが、人以外はこの領地から排除すべし! との事のようで、自分の努力を今の領主は無駄にした、とも言っているようです」
エルフでタウロの領主代理になる予定のグラスローが、部下からの報告をそのままタウロに伝えた。
「自分の努力? ……まさかと思うけど、前領主ルネスク元伯爵って、爵位はく奪後、どこに行ったのかな?」
タウロは嫌な想像をしたのか、前領主のその後の動向を気にした。
「前領主ですか? そう言えば、全く聞いていないなのです!」
現在の領主代理である犬人族のロビンも、前領主の爵位はく奪→王家直轄領→ジーロシュガー領としてロビンが代理統治→タウロに現在移譲準備中という流れであったから、前領主の事は知らない様子である。
「あの……。これはうちの地元では有名な話なのですが、爵位をはく奪されたルネスク元伯爵様は、この領内にある別荘の土地は没収されなかったので、そこに隠遁しているらしいです」
タウロの傍で軽食を用意中であった使用人が、みんなが知らない情報を告げた。
「やっぱり……かぁ!」
タウロが難題が浮上したとばかりにがっくりと肩を落とす。
そして、
「その直訴に来た人は、元ルネスク伯爵という事だね……」
と最悪の人物の名を口にする。
「どういたしましょうか? 外に叩き出しますか?」
グラスローは意外に容赦のない事を口にする。
「……一応、会ってみようか? 元とはいえ貴族だったわけだし、このまま放置してもよくないだろうから」
タウロはそう言うと、待合室で待たせている元伯爵を応接室に通すように告げるのであった。
「まだ、子供と聞いていたが、少しは礼儀をわきまえているようだな」
タウロが応接室でルネスク元伯爵の前に座り、用件を聞くと、第一声がそれであった。
「貴様、言葉をわきまえろ」
グラスローが、タウロに対する口の利き方に対して注意する。
「私はこの領地を治めていたルネスク元伯爵だぞ! そちらこそ、分をわきまえよ! 私が先代領主として大事な助言を子爵の若造にしてやろうというのだ。姿勢を正して聞くべきであろう!」
ルネスク元伯爵はまだ貴族であった時の気分が抜け切れていないのか、横柄な態度でグラスローに応じた。
「……それでその助言とは、なんでしょうか?」
タウロは無表情で応じた。
そこには文字通り、何の表情も見えない。
もしかしたら怒っているのかもしれない。
「ふん、エルフはともかく、獣人族の犬っころが同席するのは気に食わないな」
ルネスク元伯爵は犬人族であるロビンを一瞥するとそう告げる。
「いい加減にしなさい! 彼女はどこかの馬鹿が傾けてしまった領地経営を立て直した立役者です。その彼女を愚弄すると許さないですよ!」
タウロはここで初めて、怒りを露わにするとルネスク元伯爵を叱責した。
「なんと無礼な! 子爵のごとき下級貴族が、このルネスク元伯爵に怒鳴り声をあげるなど許されないぞ!」
ルネスク元伯爵もタウロの叱責に、怒って言い返す。
「失礼はそっちの方よ! タウロは昇爵して伯爵になっている立派な上級貴族よ。それに元伯爵とはいえ、今はただの平民じゃない!」
黙って聞いていたエアリスがタウロを罵倒された事に怒って、言い募る。
それでタウロも冷静さを取り戻したのか、
「ルネスク元伯爵、ここまでの失礼には目を瞑ります。しかし、これ以上は許されないと思って頂きましょうか」
と一転して落ち着いた声で応じた。
その雰囲気は子供のそれではなく、威厳ある統治者のもので、ルネスク元伯爵はその気配に吞まれて言い返す言葉を飲み込んだ。
「……仕方ない。──それでは改めて言わせてもらうが、他種族をこの領地に移住させるの愚策は止めてもらおう。私がいかにしてこの地から異種族を排除したと思っているのだ。このままでは、劣等種族どもにこの地が支配されてしまうぞ!」
ルネスク元伯爵はドンと机を叩くとそう断言した。
「その劣等種族とやらを領地から追い出した事で領地経営が傾き、自らもその借金で爵位を手放す事になったのを理解できていらっしゃらないのですか?」
タウロは呆れた表情を隠す事なく答えた。
「あれは一時的なものだったのだ。本当はあそこから経済が健全化され、良くなっていくはずだったものを、近隣の貴族達が嫉妬して援助を断ったばかりか、王家にある事ない事告げ口をして私を追い詰めたのだ!」
ルネスク元伯爵は本当にそう思っているのか、悔しさを滲ませている。
「……あなたは経済の仕組みを全く理解されていない。この地の交易所は南東部周辺経済を動かす中心地でした。それをあなた個人の差別主義によって愚かにも止めてしまい、周辺地域に多大な被害を与えた。周辺貴族にしたら、そんな迷惑なあなたに愛想を尽かし、王家に泣きつくのも道理です。恥を知りなさい!」
タウロは最初は丁寧にそして、最後は怒気を含ませて叱責した。
「な、何を言う! 私はこの近隣でもっとも力を持っていた大貴族だぞ!」
「ですが、今は違います。自らのつまらない考えで身を滅ぼした愚か者です。それにあなたのせいで傷ついた種族も多い。だから恨みを沢山買っている事を自覚した方がいいですよ。僕はあなたを守る気もないので、この領地に留まるなら身の安全には気を付けた方がいい」
タウロはあからさまに脅すようなセリフを告げた。
それを証明するように、エルフのグラスロー、犬人族のロビンがルネスク元伯爵を睨む。
「ひっ!」
ルネスク元伯爵は、ここにきてようやく、自分の命が危うい事に気づき、小さい悲鳴を上げると、応接室から逃げるように退散した。
この後、ルネスク元伯爵は別荘地にある家をすぐに引き払い、領地から逃げるように出ていくのだが、その後の消息は一切掴めなくなる。
彼は恨みを持つ異種族に殺されたとか、放浪中に盗賊に襲われ死亡した、もしくは逃げた先で病気に倒れ亡くなったとも言われているが、どちらにせよ良い噂は全くない不幸な終わりを迎えたのは事実であるようであった。




