第682話 大発明の予感
ジャン・フェローは、マジック収納付与アイテムの製作において、第一人者である。
タウロもそれを認めており、シャルを通して、ジーロシュガー領に招いたのだ。
そのジャン・フェローが今、タウロが用意した作業場で、実際製作するところを技術と共にタウロに公開していた。
「儂のマジック収納付与アイテムはこの魔法陣を元に製作しております」
ジャン・フェローはそう言うと、惜し気もなく秘伝の魔法陣をタウロに見せた。
「……これって、初めて見る形ではあるけども……、もしかしてこの形、不完全じゃない?」
タウロはジャン・フェローの魔法陣をじっと見つめていたが、不意にそう指摘した。
「! ──初見の魔法陣なのに、よく気づきましたな。この魔法陣は精霊人族に伝わるものですが、未完成の魔法陣らしいのです。というのも、この魔法陣で作るマジック収納付与アイテムには寿命があるのですよ」
ジャン・フェローはその発光する髪をかき上げると驚くような発言をする。
「寿命? それはつまり、アイテム自身の劣化とは別にという事かな?」
タウロはジャン・フェローが自らのマジック収納から取り出したマジック収納付き鞄の一つを手に取り、真意を聞く。
「ええ。この魔法陣は我ら精霊人族の魔力を注ぐ事で完成品に近くなっておりますが、それ以外の者の魔力で製作すると不完全でマジック収納を付与する事ができません。そして、付与できたとしても、その維持の為に魔力も微量に消費していくので、儂の魔力の込め方次第では寿命が尽きてしまうのです」
ジャン・フェローはそう言うと、申し訳なさそうにする。
「これだと寿命はどれくらいかな?」
タウロが手にした小さいマジック収納付き鞄は、マジック収納(弱)が付与されている。
「それだと、五十年ほどでしょうか?」
意外に長いじゃん!
タウロは欠点という割に寿命が長いので、思わず内心でツッコミを入れる。
「……それなら問題なさそうだけど?」
ジャン・フェローが欠点を強調する意味があまりわからず、もう一度聞く。
「先ほども言いましたが、精霊人族の魔力をどのくらい込めるかによって、寿命が決まってくるのです。つまり、あまり込めないとすぐに寿命はくるので、儂の製作するものは、基本、数年に一つ完成すればいい方だと言えば、その手間がわかってもらえますかな?」
ジャン・フェローは一見すると若く見えるその小さい体を、丸めるようにしてため息を吐く。
「ちなみに、このマジック収納(弱)付き小さい鞄の製作時間は?」
「それは、三か月くらいですな。儂の日用品を入れるものなので、手を抜いています」
ジャン・フェローはそう言うと、タウロから受け取った小さい鞄の中から、コップを取り出して見せた。
三か月かけて五十年が寿命の貴重なアイテムが一つ。それって悪くないのでは?
タウロはそう思うのだが、長命な精霊人族であるジャン・フェローは満足していないようだ。
「……わかった。この魔法陣、僕の知識を使用すれば、完成形に近づくと思う。少し、弄ってみていいかな?」
タウロは、同じ魔導具士として、ジャン・フェローの完成形を見たいと思ったから、そう提案して確認を取る。
「本当ですか!? 儂がこの魔法陣を弄ると、駄目になるので、この形を維持する事だけに気を遣っていました。タウロ様の力を借りれるなら好きにして頂いて結構ですぞ!」
ジャン・フェローはそう言うと、タウロに魔法陣を描いた紙を渡す。
「じゃあ、遠慮なく……」
タウロはマジック収納から新たな紙を取り出すと、ジャン・フェローの命と言える魔法陣を写し描いていく。
そこから、タウロはジャン・フェローと作業場に籠っての製作であった。
タウロが魔法陣を色々と書き換えては作動するかの確認を繰り返す。
その作業もわずか一週間ほどしかかからなかった。
「……まさかこんな短期間で? 儂は数十年はかかるかと思っていたのだが……」
ジャン・フェローはタウロの魔法陣に対する知識の深さに感心した。
「僕の魔法陣知識は良くも悪くも、この世界の魔法陣の原点になるものみたいなので、簡略化された今の魔法陣は用途以外に使用できない不完全なものが多いので応用もできないんですよ。この魔法陣はその点、古い形のものなので、僕の知識で補正できる範囲のものだったのでなんとかなりました」
タウロは額の汗を拭うと、そう感想を漏らす。
だが、これにも少し問題があった。
それは、ジャン・フェロー同様、魔力を注ぎ込む事によってその機能の寿命を維持しないといけないという事だ。
もちろん、これはジャン・フェロー秘伝の欠陥魔法陣を大幅に修正した事で、精霊人族の魔力以外でも可能になっているのだが、魔法陣を仕込んだアイテムに魔力を注ぐには、所有者自身の魔力に合わせた魔法陣を組む必要があるという事だ。
それはつまり、オーダーメイドでないと、完成品を渡せないという事であり、購入した本人以外使用できず、譲る事も出来ないという事であった。
とても不便になるが、その反面、製作期間が大幅に削減できるので、価格を下げる事が出来るというメリットがある。
注ぐ魔力はアイテム購入者自身がやるのだから、製作者も楽なのだ。
今まではジャン・フェロー本人しか駄目だったから、数年がかりで特別な魔力を込めるという気の長い作業をしていたから、これは助かるだろう。
「でもそうなると、各購入者に合わせた魔法陣を組むという作業ができるのはタウロだけという事にならない?」
エアリスが鋭い指摘をした。
「そこは、僕も考えたよ」
タウロはニヤリと笑みを浮かべると、八角形のボードをエアリスの前に出して見せた。
中心には手の形をした溝がある。
「これは?」
エアリスが首を傾げてタウロに聞く。
「ふふふっ。これは、冒険者ギルドにある魔導具を参考にして作った、購入者の個人情報を魔法陣化する道具だよ」
タウロは鼻高々でそう宣言する。
「ああ! それをタウロの考えた魔法陣に組み込んで製品化するという事ね!」
エアリスはタウロの説明からすぐに、その画期的な発明に気づいて答えた。
「そういう事! ジャンさんの労力もこれで大分省けるから、他の魔導具発明に時間を割けるというものさ」
タウロはそう言うと、ジャン・フェローに振り返る。
「タウロ様、ありがとうございます! この一週間、一緒に研究しただけでも得るものが多かった。これからもよろしくお願いしますぞ!」
ジャン・フェローは満面の笑みで応じると、タウロとがっちり、握手を交わすのであった。




