第681話 伝説の人物の評価
精霊人族である魔導具士ジャン・フェローはタウロに招かれて城館入りすると、まずはカレーについて熱く語り合い、それから魔導具の話に移った。
最初、ジャン・フェローが作るマジック収納付き鞄の数々についてタウロが色々質問をしてジャン・フェローがそれに答えるという形で話は進んだ。
ジャン・フェローは常人には理解できないと思う、と断ったうえで魔法陣作成段階からの非常に高度な内容を話したのだが、驚く事にタウロがそれに対して頷くだけでなく、的確な質問をしてくるので、戸惑い始めた。
ジャン・フェローは自分の作っているものが非常に高度過ぎる事で、二人としてこの知識に及ぶものはいないかもしれないと、思い始めていたところだったのだ。
もし、自分に並ぶ者がいるとしたら、それは行商が持ち込んできた魔導具ランタン冷蔵庫などを作ったというジーロ・シュガーという魔導具士くらいだろう。
あの人物は技術を盗まれる事がないように予防策もしっかり行う慎重さもある超一流の技術者だ。
その技術者が作ったランタンや冷蔵庫、クーラーなどはジャン・フェロー自身でもその魔法陣技術を見破る事が出来ずにいた。
「なかなか詳しいみたいですな。そう言えば、あなたの名前は何だったかな?」
ジャン・フェローは見所がありそうな目の前の少年の名前を聞いていない事を思い出し、興味を持って聞く事にした。
彼が人族に興味を持つなど滅多にない事だ。
「タウロです」
タウロは自己紹介する事にした。
「僕はこのジーロシュガー領で領主を務めています」
「ほー、この領地の領主殿だったか、これは失礼した。若く見えるのに立派なものだ。──……うん? 人族にはジーロシュガーという姓は多いのかな? 聞いたことがある名だが」
ジャン・フェローは人族の名前に基本は興味がないのだが、魔導具士、ジーロ・シュガーの名だけはよく覚えていたから、思わず聞き返す。
「どうでしょうか? 今のところは同じ姓の人がいた事はないですね」
「うん? 何を言っているのだ? 同姓なら有名な魔導具士殿がいるではないか。──あっ……。いや、その人物はジーロ・シュガー、姓は『シュガー』だったな。似ていたので反応してしまった。失礼」
ジャン・フェローは、自分の早とちりだと気づいて、軽く頭を下げて謝る。
「ああ! それはこちらも失礼しました。ジーロシュガーとジーロ・シュガーでは混乱しますよね。それはどちらも僕の名前です。爵位を得る時に、そのフルネームが姓になったので同一人物です。紛らわしくてすみません」
タウロはジャン・フェローの言いたい事がやっとわかって、その事を丁寧に説明すると謝った。
「ふぁい?」
ジャン・フェローはタウロから想像の範囲を超えた返答に、変な声が出る。
そして、「今、なんと……!?」と、聞き返す。
「僕の名前は、タウロ・ジーロシュガー。魔導具士ジーロ・シュガーは僕のもう一つの名前になります」
ジャン・フェローさんは僕の開発した魔導具について知ってくれているのか、光栄だなぁ。
タウロはそう思いながら改めて自己紹介をする。
「な、なんと!? ……本当にあのジーロ・シュガー殿なのか!? あのランタンや冷蔵庫、クーラーに暖房器具、水をはじく布、トイレの下水処理魔法陣などあらゆる魔導具を発明した?」
ジャン・フェローは目の前の少年が自分のイメージした『ジーロ・シュガー』像とはまるで違ったから、困惑して再度確認した。
「そんなに僕の発明した商品を知って頂けているとは光栄です! 確かにそれらは僕が作りました。そのジーロ・シュガーになります」
タウロは伝説の魔導具士から名前を知ってもらえていた事を嬉しくなって笑顔で答える。
「これは本当に失礼した! まさかあれほどの発明をした人物がこのような少年の姿を持つ人物だったとは……。──もしかして、ジーロ・シュガー殿は長命な種族の末裔か何かですかな? ……ハイエルフ……、いや、エルダードワーフあたりの血が流れているのかな?」
ジャン・フェローはタウロを人族以外の長命な種族で、見た目が少年に見えても長く生きている人物だと勘違いしたようだ。
「あははっ! 僕は人族ですよ。見た目通りの十五歳です」
タウロは誤解をこれ以上与えないようにと、説明する。
「なんと……!? これは驚いた……。わずか十五年で、──いや、実際には魔法陣の研究は物心ついてからだろうから、十年ほどか? たったその期間であれらの製品を発明する魔導具士など聞いたことがない……! これは実に驚きですぞ?」
ジャン・フェローはタウロの底知れぬ能力に心の底から感心し、素直に驚きの気持ちを表明した。
「はははっ……。(魔法陣自体は前世で研究していたものだしなぁ。それに、先人達の研究したものもベースになっているし、僕だけの力じゃないんだけど……)いえ、僕は大した事ないですよ。それに僕はただの冒険者なので」
タウロは内心で謙遜すると、素直な気持ちで応じる。
「なんと、謙虚な人物なのか……。人族ならあれだけの発明をしたら傲慢にもなりそうなものなのに……。──ジーロ・シュガー殿は、実に素晴らしい!」
ジャン・フェローはタウロの正直な態度に、感銘を受けた。
「いや、本当に僕だけの功績でもないので……。あ、忘れていました。ジャン・フェローさん、大事な話があるのですが……」
タウロはこれ以上褒められるのが恥ずかしかったので、話を本題に移そうとした。
「大事な話? ああ、シャルから聞きましたが、あやつの主の下で働かないかとのお誘いですな? という事はつまり、その主とはジーロ・シュガー殿という事ですか?」
「ええ、ジーロ・シュガーというより、タウロ・ジーロシュガーという事になりますが……」
「それならば、こちらからお願いしたいくらいですぞ! ジーロ・シュガー殿、いや、タウロ様の下で魔導具について学ばせてもらいます! よろしくお願いしますぞ!」
精霊人族で長命なジャン・フェローは、この世界に生を受けてわずか十五年の後輩魔導具士タウロに頭を下げると、臣従する事を誓うのであった。




