第679話 伝説の人物
タウロの作った新商品、カレーパンはお手頃価格なうえに、冷めてもおいしい。
そして、お持ち帰り可能という事で、各自治区の商人達に非常に好まれた。
それに、商人の中には、マジック収納付きアイテムを所有している者もおり、大量購入して地元にお土産としてそのまま持ち帰る者もいたから、ジーロシュガー領の特産品として、カレーパン、そして、カレー屋の名前は広く知られる事になる。
そんな中、そのカレーパンを手土産に小人族の行商が自治区のとある自宅を訪れていた。
その手には誰かに頼まれたと思われる手紙が握られている。
「ジャンさん、自分です、いつもの行商でしゅ! 今日はお宅宛ての手紙と手土産を持参したでしゅよ」
行商はそれなりに大きな家の扉をノックして、大きな声で要件を伝えた。
しばらくすると、扉の向こうで返事する声が微かに聞こえる。
そして、歩く音が近づいてきて、扉が開く。
「ああ、あんたか。まだ、次回作は出来ていないよ?」
ジャンというこの家の家主と思われるその人物は、小人族に負けない小柄な体格だが、少し容姿が違った。
小人族はあくまで人を小さくした感じであるが、この男性は髪が全体的に白色に発光しており、目も白い。
見た目の年齢は若そうに見えるが、声は年を取っているように聞こえる。
彼は、精霊人族と呼ばれる幻の種族であった。
「ジャンさん、今日は手紙を頼まれたので届けに来ただけでしゅよ。ついでにそこの街で入手した食べ物も持参したでしゅ」
行商は、お得意様であるジャンに仕事抜きで訪れた事をアピールした。
「手紙? どれどれ……」
精霊人族のジャンは手紙を受け取ると差出人を確認する。
そして、
「ほう、シャルから半年ぶりの手紙か」
とどこか嬉しそうな声色で声を上げた。
「ジャンさん、手土産も持ってきたし、中に入れてほしいでしゅ」
小人族の行商は室内に視線を向ける。
「ああ、わかった、わかった。友人からの手紙を持ってきてくれたから、お茶くらい出すさ」
精霊族のジャンはそう言うと行商を中に通す。
「それなら、持ってきたお土産に合うのはミルクでしゅよ」
行商は喜んで中に入りながら、告げるのであった。
行商が通された奥の部屋は作業部屋と一体になっているのか、室内の半分は何かの作業道具が並び、実際、作業中だったのか革が鞄の形に縫われている途中のものが視界に入る。
「──ふむ。シャルは今、タウロ・ジーロシュガー伯爵という人族に仕えているのか……。小人族のあやつが人族に……。時代は変わったのう……。だが、ジーロシュガー領まで会いに行く気にもなれんがな」
ジャンはシャルル・ペローの手紙を読み終えるとそう感想を漏らす。
「なんでしゅ? シャル殿が会いたいというお話でしゅか? ジーロシュガー領は今、いろんな種族が集う夢のような場所になっているでしゅよ。自分も行商として交易所に出入りしているでしゅが、楽しいところでしゅ。何より食事が美味しいでしゅよ?」
行商はそう言うと、持参したお土産のカレーパンをマジック収納付き鞄から取り出し、ジャンと自分の前に並べ、遠慮する事なく一口目を口にする。
サクッという音と共にスパイシーな香りが部屋に充満する。
「やっぱり、美味しいでしゅ!」
行商はそう言うと笑顔でミルクを一口飲む。
「カレーパンにミルク。この組み合わせは最高でしゅ!」
行商は、家主であるジャンを前に知った仲なのか遠慮なく感想を漏らした。
「独特だがいい香りがする食べ物みたいだな……。どれどれ……」
ジャンもそのスパイシーな香りと行商の美味しそうな表情に興味を持ったのか口に運ぶ。
サクッ
マジック収納から出したばっかりのカレーパンは出来立てほやほやで表面はサクサク、中の生地はフワフワ、そして、肝心の具であるカレーはそのピリ辛さとニンジン、ジャガモーなどの甘めの野菜、そして、お肉が一体となって口に複雑な味が広がる。
「!」
ジャンは初めて食べる揚げたてのカレーパンの味に驚き、行商の真似をしてミルクで胃に流し込む。
するとカレーの辛さをミルクがマイルドにしてその後味がまたいいという事に気づかされる。
ジャンは黙々とカレーパンとミルクを交互に食べ続けると、すぐに完食するのであった。
「……こんな食べ物を初めて知ったが、ジーロシュガー領というのは、他にも美味しい食べ物があるのか?」
ジャンは行商に鋭い視線を向けて問いただす。
「このカレーパンはカレー屋の新商品で、元はカレーライスとして食べるものでしゅよ。このカレーライスがまた、いろんなトッピングと一緒に食べると美味しいのでしゅ! 特に自分が好きなのはカツカレーで──」
行商はジャンが気に入ってくれたことがわかり、カレーの美味しさを語り始めた。
ジャンはまじめな表情で行商の話を食い入るように聞く。
「……そんなになのか。ふむ……。──シャルがそんなに儂に仕えるように勧める相手なら会ってやらん事もないかもしれない……」
ジャンは明らかにカレー屋に行きたくなったから、シャルの誘いに乗る感じであったが、あくまでも友人の誘いに乗るという事を、一番の理由にしたいようだ。
「それなら、自分が道案内をするでしゅよ。あ、ジャンさん、奥に完成した品があるのに気付いたでしゅが、自分に売ってもらえると往復が無駄にならなくて済むでしゅ」
やはり行商である。その辺りは抜かりなく観察していたのか、この魔導具士ジャンの作った傑作商品を見逃さなかった。
そう、この精霊人族のジャンは、タウロがマジック収納能力を手に入れるきっかけになった、王都で白金貨十枚を出して購入した時の商品を作った伝説の魔道具士なのだ。
「……今回の出来はあまりよくないぞ? この鞄にやっと付与できたのは中級マジック収納だからな」
ジャンはそう言うと奥においてあった完成品を手に取って、行商に渡す。
「中級ならそこにジャン・フェローの名前を足せば、白金貨数枚の価値が付く代物でしゅよ! それにジャンさんのものは、製品寿命が長く今のところ、壊れたという報告が一切ないでしゅからね」
行商はホクホク顔で、マジック収納鞄から白金貨を出して代金を支払う。
ちなみにこの行商のマジック収納付き鞄もジャン・フェロー作である。
「儂のは、製品自体に劣化耐性を付与しているから当然だ」
ジャンは当然だとばかりに応じると、ジーロシュガー領のシャルに会う為? 旅支度を始めた。
こうしてタウロの下にまた一人、優秀な人材がやってくる事になる。
ジーロシュガー領、領都城館の執務室。
「タウロ様、友人のジャン・フェローから魔法信号が届いて、こちらに来てくれるようでしゅ」
シャルは友人であるジャン・フェローと簡単なやり取りなら魔法でできる為、それを知らせた。
「そうなの!? ──伝説の魔道具士に会えるのかぁ! 楽しみ!」
タウロは笑顔でシャルに応じる。
だが、まさかジャン・フェローの一番の目的が、カレー屋での飲食だとは夢にも思わないタウロであった。




