第671話 バビロンの攻略達成
タウロの振り下ろした戦槌によって、ダンジョン『バビロン』の『迷宮核』は、粉々に砕け散った。
それと同時に、タウロの脳内に『世界の声』が響き渡る。
「特殊スキル【&%$#】の発動条件の一つ<古の迷宮を踏破せずして核を砕きし者>を確認。[次元魔法(小)]を取得しました」
「うっ……! 楽して最深部まで到達した事を『世界の声』に指摘された……」
タウロは新たな能力を覚えた事よりも、条件確認の方を気にした。
そんなタウロの独り言に、エアリス達が「「「どうした(の)(だ)(んですか)?」」」と聞いていると、『始まりのダンジョン』でも経験した事がある通り、地面の一部が盛り上がり、そこから宝箱が現れる。
「「「おお!」」」
竜人族の英雄達が二度目の経験ながら、大きな歓声を上げる。
それはエアリス達も一緒であったが、タウロが一人苦笑しているのですぐにそちらに気を取られた。
そんな中、前回同様、『迷宮核』を砕いたにも拘らず、迷宮自体には何も起きていない。
それはつまり……、そういう事だろう。
竜人族達はタウロが願ったものが何なのかすぐに理解した。
「リーダー、俺に開けさせてくれ」
久しぶりの冒険者らしい仕事にアンクが身を乗り出す。
「うん、いいよ。中身は変わらないだろうし」
「やったぜ。それじゃあ、早速……。──って、開かねぇ! ……さすがダンジョンの最後のお宝か……。『迷宮核』を砕いた本人以外、開けられないみたいだ」
アンクは宝箱をどんなに力を入れても開けられそうにないので、そう結論付けた。
これには竜人族の英雄達も興味を持ち、
「私も試してみていいですか?」
というので、タウロも「どうぞ」と笑って譲る。
そして、開くか試すのだが、竜人族の英雄達は能力を使って力いっぱい挑戦しても、宝箱を空ける事は出来ない。
「……本当ですね……、これは、無理です……」
竜人族達にとって今回のダンジョン攻略は一つのイベントのようなものになっているのか、前回の『始まりのダンジョン』の時と違ってみんな楽しんでいる。
ひとしきり、みんなが宝箱の開閉に挑戦し断念したところで、真打のタウロが宝箱に手をかけた。
宝箱の蓋は何事もなかったように、ゆっくりと開く。
そこには、誰もが想像した前回と同じひし形で色違いの『人工迷宮核』が……、入っていなかった。
そこにあったのは色は前回と同じ白色だが、小さい一つの球体が入っている。
中を覗き込んだ竜人族、エアリス達は「これ、何?」という感じで頭に疑問符を浮かべていた。
「僕の希望で携帯型の迷宮核を希望したんだ」
タウロは誰もが聞いても、さらに「どういう事?」という疑問符が浮かんでくる。
そして、タウロは続ける。
「この『バビロン』は、竜人族が管理している『始まりのダンジョン』と違い、国の管轄下にあるダンジョンでしょ? もちろん、攻略したのが国の雇った冒険者以外である僕達だから、このアイテムも僕達の所有になるのだけど、いざ、管理となると国の興亡如何によっては、それも難しくなるでしょ? だから、『迷宮核』を携帯できるものにして他の場所に保管しておこうかなと」
タウロはそう説明しながら、携帯用『迷宮核』を『真眼』で鑑定してみる。
『タウロ・ジーロシュガー製、人工迷宮核』
・タウロの望みによって生み出された、人工の迷宮核。
・携帯用であり、迷宮から離れても、迷宮を維持できる。しかし、所有者であるタウロが死ぬと、携帯での維持が難しくなるので、その時は台座に置く事を推奨。
・ただし、人工のダンジョンの為、これ以上、ダンジョンが成長する事は無く、ダンジョンの特性の一つである領域守護者の生成、魔物氾濫は起きる事が無い。
・魔物の生成もこの『人工迷宮核』で調整する事ができる。
と表示された。
「うん、僕が望んだ通りのものだ。さすが、ダンジョン、しっかり望んだものをくれるんだね」
タウロは満足げに頷く。
「……という事は、そろそろ地上まで続く階段が現れてもいいはずですが……」
竜人族の英雄の一人が前回同様、『人工迷宮核』の入手後に起きた地響きと共に階段が現れるイベントを予想した。
「あ、それは、無しにしてもらいました」
タウロが思い出したように、答えた。
「「「え?」」」
全員が驚いて聞き返す。
「えっとですね? 地上からここまで管理の為に階段を繋げちゃうと、レベルが足りない冒険者達が一攫千金を求めて、深い層までやってくる可能性が高いですよね? そうならない為に階段は、冒険者がそのレベルに達しているか確認できた時、下に降りる階段が出現する設定にしておきました。つまり、ここまでくるには相応の実力がある者しか到達できないということです。あ、『空間転移』は別ですけど……」
「さすが、タウロ様! 安全を考慮しての願いだったんですね!」
シオンがタウロの深い考えを理解して絶賛する。
「確かにシオンの言う通りだし、それに、望むお宝をくれるという伝説の『迷宮核』を砕こうとする愚か者もいるだろうから、タウロの死後、ここに置く事になった時、それを防止する事にもなるわね」
エアリスがシオンと一緒に賛同する。
「それだけじゃないぜ? ダンジョンの深層の魔物討伐や宝箱から入手できるアイテム類も実力がないと手に入れられないという事だろう? それって、『黒金の翼』の特権にもなるよな? 竜人族が多数所属するうち以外で入手するのは困難なわけだからさ。現在、王都ではダンジョン産のお宝は高値で取引されている。王都とリーダーはそれで利益を大きく上げているから、今後もそれが変わらないという事だ」
アンクがにやりと笑みを浮かべて、タウロの背中を叩く。
「まあ、そういう事にもなるけどね。ただ、ダンジョン産のアイテム入手が死を覚悟すれば、多少は得やすくなる状況を作ってしまうと、それによる犠牲者は必ず増えるし、それによって王都経済にも大きく影響を与えるだろうから、その危険性は避けたいじゃない? まあ、僕が儲かるのも事実だけど」
タウロはアンクの指摘に対して、誤解がないように答えると同時に、自分の利益についても言及した。
「タウロは自分だけでなく竜人族のみんなにも利益の分配を平等にしているんだから、何も悪い事ではないわよ。アンクも誤解を招くような指摘しないの」
エアリスはアンクを注意してタウロを庇う。
「はははっ! すまん、すまん! まあ、ともかく、攻略によって魔物氾濫も起きなくなるし、いい事をしているのは確かだから、見返りがあっても問題ないだろうさ」
アンクは笑って応じる。
「それでは私達の一部は今後もこの『バビロン』で攻略に挑戦する冒険者の保護やアイテム入手で『黒金の翼』に貢献する事にします。そこでですが、タウロ殿、攻略完了して時間が空いたこの機会に、我々もタウロ殿が治めるジーロシュガー領を見物に行ってよろしいでしょうか?」
竜人族の面々はずっとダンジョンを追い求める戦闘狂の集団ではない。
好奇心もあるし、人並みの興味もある。
『バビロン』の攻略で一息ついた彼らも、恩人であるタウロの治める領地に興味を持っているのだ。
「ぜひ! 元々みなさんは招待するつもりだったので、『バビロン』攻略達成の休養にうちで十分休んで寛いでください」
タウロはこの人類の守護者とも言うべき、竜人族の英雄達を自領へと歓迎するのであった。




