第666話 領内の名物を考える
商会の従業員で犬人族のロビンがガーフィッシュ商会の連絡網で王国内のタウロの関係者に領主就任式の招待状を手配し、エルフのグラスローが南西部地方一帯の自治区や近隣の貴族に招待状を送る作業が始まった。
竜人族や王都の近くのダンジョン『バビロン』で活躍する『黒金の翼』所属の竜人族にはラグーネが『次元回廊』を使って招待状を直接持って行く事にした。
他にもタウロの養父母であるグラウニュート伯爵、アイーダ婦人、義弟ハクにも当然ながら送る。
さすがに全員が訪れるのは難しいだろうが、晴れの舞台だから、誰かきてくれるだろう。
そして、婚約者であるエアリスの親、ヴァンダイン侯爵家にも送るがこちらは子供がまだ小さいからさすがに来れないかもしれない。
代理で誰か来るだろうが、こちらも期待しない方がいいだろう。
タウロはそれらを想像すると、来てくれる人は、少ないんじゃないか? と心配になるのであったが、一応、ロビンには今までの関係者については話しておいたのでそこから人数調整はしてくれるはずだ。
あとはロビンとグラスローに任せよう。
タウロはそう開き直ると、領内の改革について頭を悩ませるのであった。
タウロの領内の改革とは別に悪習を取り除き、新たな習慣を取り入れるとかではない。
ジーロシュガー子爵領内はロビンの統治ですでに無駄なものは省き、健全化されているからだ。
タウロがやろうとしているのは、鉱山や異種族との交易の他に領民の収益増を狙った農地改革である。
現在、領内の農民の多くは主食がパンという事で、思い思いに麦類を中心に多く作っているが、裕福とは言えない状況だ。
そこでタウロは主食としてもう一つ蜥蜴人自治区からお米を安く輸入し、農民には麦以外のものも作ってもらおうという算段である。
肝心の麦以外のものだが、タウロには創造魔法で種を作り出すことができる、それもより良い品種のものをだ。
実際、実家であるグラウニュート伯爵領ではタウロが創造した種で品質の良い果物が生産されている。
だから、こちらでもそういったものを、使われていない土地を切り拓き、そこで作ってもらおうというものだ。
整地に関しては、タウロのところには岩人形ロックシリーズがいるから、比較的に容易に行えるのが大きい。
それに領内の収入源が元々鉱山と交易が中心であったので、農地には前領主も力を入れていなかったようだから、土地もかなり余っているのである。
だから自給自足はもちろんの事、食うに困らない程度に農民が稼げるくらいの事はしたいと思うのであった。
ロビンとグラスローに相談すると、二人はタウロの創造魔法の存在に驚くのであったが、それならばと、山の多いこの領地に向いている作物はないかと、聞いてくる。
「それなら……」
タウロはそう言うと、中庭に出るとマジック収納から取り出した種を基に、創造魔法で新たな種を作り、それを植える。
そして、
「『植物成長促進魔法』!」
とタウロが唱えると、その種を植えた地面から芽が生え、見る見るうちに大きく成長していく。
あっという間にタウロの身長くらいの大きさの木になり、そこには果物らしき実がいくつかできている。
「「こ、これは一体?」」
二人はタウロの『多重詠唱』と『魔力操作(極)』を駆使した魔法に呆然とした。
エアリス達はいつもの事であまり驚かないが、初めて見る植物だからそれには興味津々ではあったが。
「これは蜜柑だよ。この国では珍しいと思うから。それに、あと掘り炬燵も作ってその中で蜜柑を食べるのが最高かなと」
タウロは日本人の昔の冬の光景の一つである炬燵と蜜柑を考えていたのだ。
「他にも高地向けだと白菜やレタス、大根、ブロッコリーなんかもいいと思うんだよね」
タウロはそう言うと、マジック収納から種を次々に出す。
そして続ける。
「蜜柑は特に果肉の入ったお酒にできれば、かなり特色が出ていいと思うんだけど、どうだろう?」
タウロは次々に提案する。
「この果物が入ったお酒……、ちょっとその蜜柑を食べてみていいですか? なのです!」
ロビンが興味をもって木になった蜜柑を指さした。
タウロは笑顔で応じると、蜜柑を一つもぎ、皮を剝いて半分に割り、その一つをロビンに手渡す。
ロビンはタウロの行いに興味津々とばかりに、目を輝かせて見ていたが、タウロが蜜柑の実を一つ食べてみせると、マネして自分も食べる。
「あ、甘いなのです! それに少し酸味もあって美味しさが口いっぱいに広がるのです!」
ロビンが感動してそう漏らすと、エアリス達もタウロから蜜柑のかけらを一つずつもらって口に頬張る。
「本当だわ! いつの間にこんな美味しいものを考えていたの!?」
エアリスは自分の彼氏に改めて驚かされた。
「……これは凄いな! この実一つだけで完成された美味しさがあるぞ!」
ラグーネもその美味しさに唸る。
「さすがタウロ様です!」
シオンも感動してタウロを絶賛する。
「何をやっているのかと思ったら、また凄い事をやってんな?」
いつの間にか中庭に現れたアンクが、横から蜜柑の実を一つ取って頬張るとその味に呆れてみせた。
「いいでしょ、これが蜜柑だよ? これなら単品でも美味しいし、ここから加工してお酒やスイーツにも使用できれば最高でしょ?」
タウロは取って置きだったとばかりに、自慢げだ。
「これはジーロシュガー領の名物になるのです!」
ロビンが確信したように頷く。
「確かに、これはいい武器になると思います」
グラスローも唸ってそう評価すると、また、蜜柑の一欠けらをひょいっと口に頬張る。
「本来なら接ぎ木して苗木を作り、苗木を畑に植えてから五年で実をつけ、十年くらいで沢山実るようになるのだけど、そこは僕の創造魔法で作った種だからね。一年くらいで実をつけ、三年で沢山実るくらいにはなると思うよ」
現代の農家が聞いたら、「チートだ!」と言いそうなものだが、そこは異世界、そしてタウロの創造魔法である。
品種改良もお手の物であった。
「早速、近隣の農家と話し合って、すぐにでも育成を始めるなのです!」
ロビンは善は急げとばかりに、グラスローと二人、『蜜柑三年計画』書を作成するのであった。




