第664話 小人族最強戦士の実力
タウロ達はアンクの提案でシャルの腕試しがしたいという事で、城館内の中庭に移動した。
その中庭にはアンクが鍛えている最中である領兵隊の隊長候補である隊員達が十名程、並んでいる。
「今日はこのジーロシュガー子爵領北部の警備を任せている北部領兵隊長ドワーフのボーゼに続き、この領都と全体を管轄する総隊長を決定する事にした。お前ら十名とここにいる小人族のシャルの十一人の中から決めるぞ、いいな?」
アンクが隊員達十名に告げると、隊員達は、
「「「はい!」」」
と応じる。
どうやらアンクの教育が行き届いているようだ。
「……じゃあ、シャル。こいつらに実力を示してくれ」
アンクは意味ありげにシャルに言う。
あ、アンクはすでにシャルが実力的に抜きん出ているのをわかっていて試しているのかな?
タウロはアンクの狙いがなんとなくわかった気がした。
それはつまり、ここまでアンクの下で鍛え上げてきた自領の若者隊長候補達に納得させる形でよそ者のシャルの実力を示してもらい、総隊長に据えようという魂胆だ。
幹部候補の十名も小人族という小さいシャルに対して、最初は納得できなくても、身をもってその実力を知れば、シャルの命令に従うようになるだろう。
「アンク師匠、俺から行かせてください!」
シャルが木剣を構えてすでに待機しているので、対戦相手として隊長候補の一人が、対戦相手として挙手した。
「グエンか。シャルに勝てたらその時点で領主様へ俺が総隊長に推薦してやる。──それでいいか、リーダー?」
「うん、いいよ。──シャルもそれでいい?」
タウロはアンクに応じると、シャルにも確認を取った。
「いいでしゅよ。──でも、一人だけでいいんでしゅか? 自分は全員相手でも大丈夫でしゅよ?」
小人族のシャルは見た目が可愛く、声も話し方も可愛いから侮られやすい。
だから、そのシャルが大言壮語ともとれる発言をしても、聞く者達は可愛いから冗談に聞こえ、許される雰囲気になる。
しかし、それが本気である事はタウロ達メンバーはわかっていた。
「じゃあ、隊員のみんな、木剣を構えて。シャルと一対十の勝負といこう」
領主であるタウロがそう告げると、ここでやっと隊員達もざわつき始めた。
「え? 冗談ではなかったのですか?」
「本当にそれで大丈夫ですか!?」
「ここにいる全員を一度に相手するなんてアンク師匠くらいしかできないですよ?」
隊員達は驚いて口々に心配の声を上げた。
「領主様と当人がいいって言ってんだ。全員、得手の武器を構えろ。始めるぞ!」
アンクがグレンという若者をはじめとした隊長候補達に武器を構えさせる。
「──それじゃあ、……始め!」
タウロが準備万端整えた幹部候補達を確認すると、躊躇なく開始した。
その開始の合図と共に、シャルはその小さい体を縮め、地を這うような低い姿勢でその十名達に一瞬で距離を詰める。
しかし、幹部候補達の中で木槍を持った二人がそれに対してタイミングよくシャルを突く。
どうやら、アンクの教育がいいのか油断なく冷静に対応している。
だがシャルは、その上をいっていた。
二本の槍先を軽く跳躍して木槍を駆け上がりその先に乗ると、槍使いの二人に襲い掛かかった。
シャルが一人の木槍を握る手を木剣で打ち据える。
そこに、盾を持った別の隊員がもう一人の槍使いを庇おうとしてシャルに斬りかかった。
シャルはその木剣を易々と跳ね上げ、慌てて盾で防御姿勢を取る隊員を盾ごと小さい足でその体からは想像できない力で蹴り飛ばす。
次の瞬間には他の隊員に向かって踏み込み、木斧で迎え撃つ隊員を木剣で叩き落し、背後から木槍で突かれたのを身をかがめて躱し、木斧の隊員の足を木剣で負傷させた。
あっという間の素早い動き、乱戦に強い広い視野、大きな体格の人族相手に負けない力、そして、一瞬での判断と対応力、シャルは申し分ない動きである。
その後もシャルは、アンクによく訓練され仲間をフォローしながら戦う集団戦に慣れた隊員達を相手に互角以上に立ち回って、次々と打ち据えダウンを取っていく。
「強いのはわかっていたけど、やっぱりシャルは凄いね!」
タウロも想像以上の戦いぶりをみせるシャルに感心した。
「さすが、小人族最強の戦士ね」
エアリスも感心する。
「だが、アンクの教え子達も最初から油断なくそれぞれの手にしている武器でよく対応しているな。残念ながらシャルが格上過ぎて後手に回っているが」
ラグーネは隊員達の動きも良い事を誉めつつ、やはりシャルの立ち回りに感心する。
「シャルさん凄いです! そして、隊員さん達も良い動きしてますよ!」
シオンもみんな同様に感心して、みんなを称賛した。
そうしている間に、隊員達は一人、また一人とシャルに打ち据えられて脱落し、気づくとシャルへの対戦を最初に申し出たグレンという木の大剣使いが一人残っていた。
シャルはグレンにも容赦なく向かっていくと、グレンが繰り出す木の大剣を小さい体からは想像できない膂力で振るう木剣で、なんなく跳ね上げてみせた。
「──そこまで!」
アンクが勝負ありとばかりに試合を止める。
「うん、実に素晴らしい闘いだったよ。隊員のみんなもかなりアンクに鍛え上げられているね。とてもいい動きだった。でも、相手が悪かったね、シャルが強すぎたよ。はははっ!」
タウロは領主として隊員達を褒めつつもシャルを絶賛した。
「みんなとても素晴らしいチームワークだったでしゅよ。想定よりもかなり時間がかかったでしゅ」
勝利したシャルも想像以上に良い動きをした隊員達を褒める。
「わははっ! だろう? こいつらは元々我流で剣を振っていた連中だからな。ここまで育てるのは苦労したんだぜ?」
隊員達は負けたが、満足のいく動きを見せてくれたので、アンクは手放しで喜んでいた。
「──それじゃあ、このジーロシュガー領の総隊長はシャルに決定します。副官にはみんなに的確な指示を出してシャルを最後まで苦労させたグレンに。あとはシャル総隊長とグレン副官で話し合って決めてくれるかな? 決まったら僕のところに報告に来てね」
タウロは今の試合でみんなの動きや様子を見てそう判断して告げる。
これにはアンクも同じ意見だったのか、頷いて満足そうであった。




