第661話 蜥蜴人との交渉
蜥蜴人自治区代表との面会までの三日間、米穀店の蜥蜴人店主と意気投合したタウロは、蜥蜴人族が作るお米についてかなり調べ上げた。
そして、家畜の餌としか思っていなかった店主にお米料理を振舞う事にした。
「食用として考えている人族がいたとは……」
店主も当初はタウロの情熱に驚き喜んでいたが、食用として考えている事には少し呆れた。
目の前には本来の味がわかるように、何も入っていない塩おにぎりやこの蜥蜴人自治区で栽培されている野菜を漬物にした具材を入れた具入りのおにぎり、これも自治区で獲れた魚を塩漬けにしそれをほぐして入れた炊き込みご飯、同じく小さく刻んだ具材と卵を絡めた焼き飯、他には木の棒に巻き付けて焼いてきりたんぽ風にしたり、米粉から作った白パンなども作って目の前に並べる。
こうしてお米の可能性がいくらでもある事をタウロは示した。
「これ全部が、お米料理……!?(ゴクリ……!)」
店主はおいしそうな香りと見た目に唾を飲み込む。
「それでは食べましょうか」
タウロは店主が元が家畜の餌だから食べにくいだろうと、タウロが先に塩おにぎりを手にして頬張る。
それに続いてエアリスも食べた。
二人にはダンサスの村以来、食べなれたおにぎりだが、蜥蜴人族が品種改良して作った中から厳選した食用に向いたお米から作ったおにぎりである。
「「おいしい!」」
タウロとエアリスが笑顔で満足げに感想を漏らす。
その幸せそうな表情に店主も続いて頬張る。
「(もぐもぐ……)……う、うまい! 米がこんなに美味しいものだったとは!」
「お米は生米だと家畜くらいしか喜びませんが、調理の仕方で、食用としていろんな食べ方ができるんです。僕は蜥蜴人自治区のお米をこの王国南西部の特産にしたいと思っています!」
熱く語る人族の少年に圧倒されるのであったが、お米の可能性を知って、店主もその熱にほだされる。
「遠い地の噂では人族の一部が米を食用にしているなんて話も同胞の冒険者から聞いたが、デマっぽいなと笑い話にしていたんだよ。だか、本当に食用として食べられるとは……。──君達は一体何者なんだい?」
店主はタウロがただの冒険者ではない事は薄々感じていたが、聞くのは失礼かと思い黙っていた。
しかし、ついにその興味を口にした。
「僕達は隣領のジーロシュガー領から来た領主タウロ・ジーロシュガー、こっちが僕の婚約者で旅の仲間、エアリスです。どうでしょうか? 明日にはこの自治区の代表と面会をして交流再開について交渉をするのですが、もし、成功したら自慢のお米をうちへ輸出する事を考えてもらえませんか?」
米穀店店主は思わぬ返答にポカンとしていたが、
「え? あんたが領主なのか?」
と聞き返すのがやっとであった。
「はい! すでにうちの領内では交易所を再開し、ドワーフ自治区、エルフ自治区、小人族自治区と交流の再開と共に、交易も再開しています。各地の商人も集まりつつあるので、このお米を一気に南西部一帯に広めましょう! ちゃんと正当な価格で交渉しますよ?」
タウロは目を輝かせて、店主にアピールした。
「……わかった。 家畜用として作っていた農家も食用としての道があるなら、それに越した事はない。明日、うちの自治区の代表と会うんだよな? この事は俺の方から伝えておくよ。そうなれば交流再開の交渉もスムーズになるだろう」
店主はタウロの情熱が本物だと感じていたし、目の前で調理してくれた料理の数々で証明もしてもらえたので、全面的に支持する意向を示してくれた。
「え? 代表にですか?」
思わぬ提案が出たのでタウロもエアリスと二人、目を見合わせた。
「蜥蜴人自治区の今の代表は、リザードン米穀店の元店主だから、俺とは顔馴染みなのさ」
「知り合いなんですか!?」
「ああ、リザードンの奴驚くだろうな……。米の価格については、代表と交渉してくれ。さすがに自治区の主力商品の価格は俺の一存では決められないからな」
店主は笑顔で応じると、代表との面会について手助けしてくれるのであった。
「「ありがとうございます!」」
タウロとエアリスは喜んで感謝する。
「こちらこそ、あんたと話せてよかったよ。米の活用法が生まれたんだ、感謝するのはこっちの方さ。本当にありがとう!」
店主はタウロに頭を下げてお礼を言うと、早速、使用人に城館まで行かせるのであった。
こうして、タウロの独断で始めた米穀店巡りは、思わぬ形で交流再開交渉の為の良い材料になった。
当日、蜥蜴人自治区の代表であるリザードンは城館前までタウロ達一行を出迎えるという大歓迎ぶりであった。
「ようこそ、ジーロシュガー子爵殿! 私は代表を務めるリザードンと言います。そして、あなたの話は聞いています。あなたの提案によって我が自治区の貧しい経済状況も改善されるかもしれない。──おっと失礼。詳しい話は中で」
リザードン代表は上機嫌でタウロ達を自ら会議室へと案内する。
「こちらこそ、お互いの利益になるお話をしましょう」
笑顔で握手を交わした二人は、数年間交流断絶していたとは思えない和やかなムードで交流再開の交渉が行われるのであった。
そして、三日間の交渉の末、二人は全面的な交流再開と交易についての色々な決め事、過去の差別問題の謝罪と二度と同じ問題を起こさない事を誓って、話はまとまった。
「今回は驚くほどスムーズだったな」
ラグーネは物足りない感じが否めないといった感じだ。
「来る時に遭遇した魔物の件は大丈夫だったのですか?」
シオンも面会が難航して魔物討伐の流れを想像していたようだ。
「今回はシャルの案内のお陰で面会までスムーズだったからね。──それとあの魔物についてはリザードン代表に報告してあるから問題ないよ。なんでも近くの湖に大量発生しているみたいで近々討伐予定らしい」
タウロはそう説明すると、全員、狼型人形ガロに跨ってジーロシュガー領への帰路に就くのであった。




