第660話 蜥蜴人と家畜の餌
蜥蜴人族自治区は中心に向かうとさすがに街道も整備されていて、水浸しという事はなかった。
そして、周辺の湿地は水田が一面に広がっている。
これにはタウロが興奮気味に喜んでいた。
「蜥蜴人自治区の中心の街って、『水路の街』って言うんだよね?」
そして、タウロはシャルに聞く。
「そうでしゅ。文字通り、町全体に水路が引かれていて、水が多い街でしゅ」
「自治区内は湿地が圧倒的に多いから、水も豊富で稲作が盛んなのはよくわかるなぁ。でも、大部分が家畜用の餌として安く買い叩かれ輸出しているから、経済的にはあまり豊かではないのかな?」
「そうでしゅね……。どうしても家畜の餌でしゅから、高い値段は付きにくいでしゅ」
シャルは蜥蜴人族の現状を口にした。
そう言って、コメの価格を告げる。
「え? そんなに安いの!? 確かに市場で僕が買っているお米も安かったけど、売っているところはさらにその約五分の一じゃん!」
タウロは農家の儲けが二束三文である事に驚いた。
タウロはすでにお米を食用として、冒険を始めたサイーシの街で丼物、ダンサスの村では味噌焼きおにぎりなどに、そして、王都と竜人族の村、領都シュガーではカレーと一緒に商品化している。
それも、入手するお米が安いからであったが、そのおかげで貧乏な冒険者には今でも喜ばれているはずだ。
だが、それが一般的に広がっているかというと、それはあくまでもタウロが訪れた土地で広めた地域だけであったから、未だにお米は家畜の餌という印象の方が強いはずである。
「お米の価値を僕が上げれば、蜥蜴人族自治区も豊かになるよね……?」
タウロは自分に言い聞かせると、蜥蜴人族との交渉材料になると考えるのであった。
街道がしっかりしたものになった事で狼型人形ガロの進む速度も一気に増し、蜥蜴人族の中心地『水路の街』に夕方には到着する事ができた。
城門までくると、門番達は小人族のシャロにすぐに気づいて、検問の時と同じような対応で中に通してくれる。
ここでも、タウロとエアリスは小人族の大きいタイプ扱いに見られたのだ。
あっさりと通された事で、拍子抜けした一行であったが、これも新たな部下になってくれたシャルのお陰だ。
シャルはどうやら、蜥蜴人族の間では知らない者の方が少ないくらいの有名人で、戦士としての評価が高い。
蜥蜴人族の者達はだから、尊敬する戦士シャルとその一行に対して敬意を払ってくれているのであった。
「ここまで、全く問題が起きないのも初めてだね」
タウロは意外に蜥蜴人族との交流再開は今まで一番スムーズにいきそうだと、思えてきた。
交渉材料もあるからだ。
シャルもだがお米についても、これほど大規模に生産しているなら、ブランド化して王国全体に食用として売る事も可能なように思えてきた。
だが、それも情報収集次第である。
お米の種類や質もあるから、それらも面会前に調べておきたいところだ。
タウロはそう考えるとシャルを伴い、城館前まで行くと面会予約を取るのであった。
「面会は三日後のお昼に決定。人族である事を名乗ったら、ちょっと驚かれただけで渋られる事なく面会がスムーズに決まったのも今回が初めてだね」
タウロは少し安堵してみんなに語る。
「本当ね。これまでは前領主ルネスク伯爵のせいで人族の印象が悪くなりすぎて大変だったのに、蜥蜴人族は意外に偏見ないのかしら?」
エアリスはビックリする程スムーズな流れに、疑うほどであった。
「本当だな。蜥蜴人族はジーロシュガー領との交流を止めているとはいえ、人族に家畜の餌としてお米を輸出させてはいるみたいだ。ほら、あそこの街角に人族の商人とわかる奴がいるぞ」
ラグーネが指さすと、確かに一瞬だが、人族の商人が見え、どこかの店内に消えていった。
「……本当だ、人がいる! ──人族を拒否しているのではなく、旧ルネスク領だけを避けているのか……」
タウロもラグーネに指摘されて他の人族がこの街にいる事に気づく。
「……つまり、人族への嫌悪より、商売として冷静に人族を見れているって事かしら?」
エアリスが、蜥蜴人族の意外な面を指摘した。
「そうみたいだね。面会も滞りなく予約できたし、差別される事なく交流再開できそうだ」
タウロは素直に喜んで楽観的に捉える。
「終わり良ければ全て良しですね!」
シオンが笑顔で応じる。
これにはタウロ達も安心して頷く。
子供型自立思考人形セトもこれには頷き、ぺらはタウロの肩の上でぴょんと跳ねて同意した。
「じゃあ、シャルのお陰で、宿屋もすぐに見つかったし、面会までは各自この街で自由に過ごして」
タウロはそう告げると蜥蜴人自治区での三日の休養を一行に告げるのであった。
タウロは肩にぺらを乗せ、エアリスと二人と一匹で街内の米穀店を巡る事にした。
米穀店と言っても、家畜の餌を扱うお店という事で、それ専門の大きなお店が人族や異種族の商人相手に大きな取引をしており、冒険者に見える二人が立ち寄るのには似つかわしくない。
「冒険者が家畜の餌に興味を持つなんて珍しいな! 二人は人族かい?」
店主の蜥蜴人は気さくにタウロ達に応じる。
「ええ。品種ってどのくらいありますか?」
「お? 品種を知りたがるってますます珍しいな! うちは水稲を脱穀した玄米とそれを精米した半透明米(うるち米)だけで約三十品種、そうでない白色(もち米)米は約二十品種、大粒米(酒米)が約三十品種を扱っている」
「合計八十種類も!? それに精米したものもあるんですか!」
タウロは驚いて聞き返す。
「ああ。家畜の餌と言ってもその種類によって食べるものが変わってくるからな。栄養も考えその家畜に向いているものを品種改良していくうちに今の数になったんだ。とはいえ、一番の顧客である人族のほとんどは、そんな事は気にせずまとめ買いして、混ぜてしまうんだがな」
蜥蜴人の店主はこだわりのお米が一緒くたにされる現状を残念そうに語る。
だが、タウロにとっては朗報であった。
少なくともタウロの知る市場に出回っているお米はあまり種類が多くなかったのだ。
だから、その中で食用に向いているものを選んで、商品化していたのだが、ここならさらにおいしいものが選べそうである。
それこそ、塩おにぎりというお米の味で勝負するものをだ。
タウロは目を輝かせ、主人の説明に耳を傾ける。
エアリスはその嬉しそうな姿に微笑むと黙って付き合うのであった。
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