第631話 エルフ自治区の検問所
タウロ一行はジーロシュガー領内を一旦南下して、西に向かっていた。
エルフ自治区との領境がそこだからだ。
狼型人形ガロに跨って領都を朝一番に出発した一行は、その日の夕方には領境の村の出入り口に到着していた。
「ガロ、ご苦労様」
村の出入り口でガロを労うと、そこで全員が降りて、村の門番に村内に入る許可を取る。
「あんたら冒険者か、歓迎するよ。だが、この先はエルフ自治区との領境だが、エルフ自治区側の検問所は長い事封鎖されていて入る事ができないぞ。行くならもっと南下して他の領地に行く方が利口だぜ?」
門番はタウロ達を村へ歓迎しながらもそうアドバイスをする。
「エルフ自治区との領境はそんなに変化がないんですか?」
タウロが現地での情報収集とばかりに気さくに門番に応じた。
「ああ。もう数年は変化がないな。たまにあちら側からこちらにやって来るエルフはいるが、こっちからエルフ以外が自治区に入れる事は一切ない。まあ、あちらの気持ちもわかるがな。前領主ルネスク伯爵のエルフのみ優遇する差別政策のせいで、他の種族から伯爵と裏取引をしたと誤解をされて信用を失い、敬遠されてしまったから、不信感で全ての領境の検問所を閉じたんだ」
「それでは、内部の状況はこの数年全くわからないという事ですか?」
「ああ。ここを通過するエルフは、俺達に心を閉ざしていてな。どちらかと言うと偵察して帰っていくという感じさ。話しかけても無視されるしな」
門番は取り付く島もないエルフの態度に両手を上げて呆れて見せる。
「そうなると、人どころか他の種族も自治区には入れない感じですか?」
「ああ。過去に何度か商人や冒険者があちらの検問所に向かったが、相手にされず戻ってきたよ。あんたらも行くだけ時間の無駄だぜ?」
門番はそう言うと、自分の仕事に戻るのであった。
「どうするのタウロ。冒険者の私達は相手にされないっぽいわよ?」
エアリスが入る事も難しいとわかって、作戦を聞く。
「一応、僕達は王家からいろんな場所への出入りが許可されているからね。この名誉子爵時代の記章で強引に通過する方法もあるかなと」
タウロはそう言うとマジック収納から記章を取り出して見せた。
「うむ。それで通過できるなら問題ないな。エルフは気難しいところがあるから、内部に入ってから我々がどういう扱いを受けるかが問題だが……」
ラグーネがエルフについて詳しいのか心配を口にする。
「それは自治区内に入れてから考えよう。あちらの状況を何一つ知らないわけだし」
タウロはそう言うとこの村唯一の宿屋に飛び込んで部屋を取るのであった。
翌日の朝。
タウロ一行は早速、ガロに跨ってエルフ自治区側の検問所へと向かった。
その検問所の門は固く閉ざされ、見張りも立っておらず、来訪者に対応する気が全くないのがわかる。
タウロはガロから降りてその門の前に立つと、その奥にいるであろう責任者に大声で、
「僕は冒険者にして子爵を叙爵されているタウロと言います! 僕達は王家より国内のあらゆるところに出入りを許可されていますので、この自治区にも入らせてください! これが、その証です!」
タウロは前回のドワーフ自治区での失敗を踏まえて、最初から正体を明かして告げ、記章と王家の紋章が刻まれた小剣『タウロ』をその場で掲げて見せた。
「……」
反応がないのでタウロは検問所内部の様子を能力の『真眼』を通した『気配察知』で窺うと、その内部は阻害魔法がかけられていた。
しかし、タウロにはその阻害を打ち消す『アンチ阻害』能力がある。
だから易々と阻害魔法を打ち消して内部を探ると、検問所には人影が四人程いるのがわかった。
配置している人が少ないのが気になるが、一応、こちらの声は聞こえているはずだ。
「内部にいる方! 自治区とはいえ、そこもサート王国内ですよ! その王家の許可を持っている者を相手に無視を決め込んで対応しないのは、責任問題になると思いますよ!」
タウロは大声で検問所に詰めている兵士に問うた。
「……」
反応はないが、『真眼』では四人の人影が集まっているのがよくわかる。
どうすべきか話し合っているのだろう。
しばらくすると、一つの人影が、検問所から急速に離れていく。
どうやら、馬で誰かに知らせに行ったようだ。
そして残りの人影の一人が、閉ざされた門に近づくと、開け始めているのが『真眼』でわかる。
門が少し開き、そこからエルフが一人顔を出した。
「……その許可を確認させてもらう」
エルフはそう言うと、タウロを警戒しながら近づき、子爵の証明である記章と王家の紋章が入った小剣『タウロ』を手に取って確認する。
「! ……本物だ……!」
エルフは鑑定が使えるのか、驚くと続けて、
「少し、お待ちを!」
と答えて門の内部に引っ込む。
『真眼』には内部で三人が固まっているのがわかる。
他の二人が報告を聞いて驚きの反応を見せているのも、『真眼』に移るシルエットで確認できた。
また、少し待たされていると、今度はタウロの後ろでガロ達と一緒に待っていたラグーネがしびれを切らして、タウロの下にやってきた。
そして、
「私は竜人族の村の者だ! エルフ自治区の民よ! 古の盟約通りなら、竜人族の者に対するこの扱いは最低だぞ!」
と検問所内部に大声で言い放った。
「……古の盟約?」
タウロはラグーネの言葉にキョトンとして聞き返す。
「うむ。このエルフ自治区と竜人族の村との間にははるか昔に盟約があってな。竜人族の者に対しては、いつでも歓迎するという約束が交わされているらしいのだ」
ラグーネは竜人族の者ならよく知っているらしい竜人族の村とエルフ自治区との間に交わされた盟約を口にした。
「そんな話があるの?」
タウロは当然初耳だから、聞き返す。
「何百年も前の盟約だがな。今もエルフ達が覚えているかはわからないのだ」
ラグーネはそう言うと笑う。
検問内部では、このラグーネの言葉に一層慌てふためき、また、一人検問所から急速に離れていく。
また、早馬を出したようだ。
そして、門がまた開き、先程のエルフが出てきた。
「竜人族の方、盟約の事は我らエルフ自治区内のエルフ族は、皆承知しております。今、責任者に確認しているので、お待ち頂けますでしょうか?」
検問所のエルフは次から次に想定外の対応を求められ困惑していた。
王家の許可を持つタウロに、古の盟約を口にする竜人族だ。
数年間の鎖国のような状況のエルフ自治区にとって青天の霹靂であったから、タウロもこれ以上は何も言わず、返事をみんなと待つのであった。




