第625話 人材の確保
岩窟の街の端にある大きなトンネル。
それは鉱山へと真っ直ぐ続いている直通路である。
ドワーフ族にとって鉱山の存在は、街の発展の為にとても大事なものであり、そこへの通路は一番大切なものだ。
そこから採掘されたものが、職人達の手によって、武器や防具、農具、装飾品や鍋などの日用品など色んな金属加工品に代わっていく。
それらはドワーフ自治区のみに留まらず、旧ルネスク領(現・ジーロシュガー領)の交易所でも大変評価されて積極的に取引が行われていた。
そんな歴史がある鉱山への直通路は、大変な人通りなのだろうと思っていたタウロ達一行であったが、思ったよりは、そんな事がなかった。
全く人通りがないわけではないが、人がまばらで採掘作業に向かうドワーフ達も少ない。
「ガスラ議長からちょっと不景気だという話は聞いていたけど……、思ってたよりも景気悪そうだね」
タウロが岩窟の街にも感じた違和感をこの直通路にも感じて正直に口にした。
道案内役のドワーフのボーゼは、狼型人形ガロの背中の一番前で進む方向を示しながら、
「もうすぐ現在の採掘場に到着しますが、みなさんが聞いた通り、街の景気の悪さは交易だけでなく鉱山にも理由があります」
そう告げた。
直通路を疾駆していくガロとその背中に跨るタウロ一行は、大きな広場に出た。
そこは、各鉱山へ向かう為にトンネルが放射状に何本も広がっており、その中心がこの広場のようだ。
各トンネルからドワーフ達が馬車に積んだ鉱石の数々をその広大な広場に運び込んできている。
だが、その広大な広場には大きな倉庫が沢山並んでいるが、それに対してドワーフ達の数が少ないように感じた。
「……この通り、ドワーフの生命線である鉱山は今、瀕死状態です」
と道案内役のボーゼが告げた。
「「「瀕死状態?」」」
タウロ達は不吉な言葉に口を揃えて復唱する。
「……ええ。自治区内の主な鉱山はこの千年近くで掘り尽くして鉱石があまり出ていない状態です。つまり、掘るだけ無駄という状況が続いているんです。そのせいでドワーフの一番人気の職業であり、一番の比率になる鉱夫の失業率が目立っているのですよ。岩窟の街の景気の悪さはそういった事情があるんです」
ボーゼは溜息を吐くと、ドワーフ自治区の現状を隠すことなく漏らした。
「不景気とは聞いていたけど、だから、ジーロシュガー領に対して労働力を提供すると申し出てくれたのか……」
タウロはガスラ議長との交渉で、大事な領民を回してくれるという申し出をしてくれた理由の一端を理解するのであった。
「おう! 奇妙な乗り物に跨っているのはボーゼじゃないか! 久し振りだな! ここは彼女とのデートには使えないぞ? がはは!」
声の大きなドワーフの鉱夫がボーゼに気づいて声を掛けて来た。
やはり、こんなに広い広場でも狼人形のガロに跨っていると誰よりも目立つ。
「うん? おお、ローガスの旦那! お久し振りだぜ。今、丁度、ローガスの旦那にこの人達を会わせようと思ってたんだ」
ボーゼはそう言うとガロから降りてローガスとがっちり握手を交わす。
タウロもその言葉でガロから降りて、紹介してもらう事にした。
「人族じゃないか! なんだ、俺は構わんが人族を毛嫌いしている奴もうちには多いが大丈夫か?」
ローガスと呼ばれた鉱夫は周囲を気にしてボーゼに聞く。
「なんだ、ローガスの旦那。まだ、聞いてなかったのか? ──こちらは隣領の新領主タウロ・ジーロシュガー殿でな。この度、人族との交流を再開する事になって、今、鉱山を視察してもらっているんだ」
ボーゼはドワーフ円卓会議での決定をまだ知らないローガスに説明する。
「そうなのか? うん? タウロ・ジーロシュガー……? どこかで聞いた気が……。あっ! 兄貴達の手紙の人物か!」
ローガスという名の鉱夫は、何かを思い出して手の平を打つ。
「兄貴達の手紙? ……もしかして、ガスラさん、アンガスさん、ランガスさんの御兄弟ですか?」
タウロはここまで来ると誰だか容易に推測できたので聞いてみた。
「俺はその末っ子で鉱夫をやっているんだ。兄貴達から手紙であんたの話は沢山聞いているよ。何でもまだ、小さいのに発想がとんでもない職人なんだってな。こう言っちゃなんだが、うちの兄貴達はドワーフ族の職人の中でも結構優秀だったんだが、より高みを目指す為に外の世界に飛び出していったんだ。あんたを知って、上には上がいるとかなり褒めていたよ。がはは!」
ローガスはそう大声で言うと、大笑いする。
「豪快さは兄弟一ですね」
タウロはアンガス達に面影があるこの末っ子のローガスに早速好感を持った。
「俺は鉱夫だからな。このくらい大きな声で話さないと採掘音で声がかき消されちまうのさ!」
ローガスはまた、大きな声でそう応じるとタウロの背中をバシバシ叩くのであった。
案内役のボーゼは思わぬ繋がりに驚くのであったが、それなら話が早いと思った。
「ローガスの旦那。このタウロ殿のところは今、人手を欲しがっているそうです」
ボーゼの言葉に、タウロは何を言いたいのかよくわかった。
そして、アンガス達の兄弟なら、信用できそうだとも思った。
「ローガスさん、うちで働いてみる気はありますか?」
タウロはボーゼに続いて、勧誘してみる。
「うん? 人手って俺が出来る事といったら、鉱山での穴掘りくらいだぞ? ……まぁ、その穴掘りも最近では芳しくなくてあまりやれていないがな……。お陰で今日も数人の鉱夫に暇を告げたばかりだ……」
ローガスはこの日一番かもしれない元気のない声で答える。
「実は、僕が領主を務める事になった領地の鉱山で働いてくれる専門職の人を探しているんです。ローガスさんのような鉱夫としてのプロは大歓迎なのですが」
「鉱山だと!? ……いや、確か……、旧ルネスク領の鉱山はだいぶ前、廃鉱になったと聞いていたが?」
タウロの勧誘に一瞬乗り気になったローガスであったが、他所の鉱山情報にも詳しいのか指摘して見せた。
「それが、珍しい鉱石が見つかって、また、再開する予定なんです。どうですか?」
タウロはローガスなら、鉱山の責任者として任せられそうだと思い、誘う。
「珍しい鉱石? それは興味を惹かれるな……。それにこの街には今、暇な鉱夫が沢山いる。そいつらも連れて行っていいか?」
ローガスは仲間の就職先が斡旋できそうだと思ったのか、一転して元気になる。
「ええ、もちろん! 一人でも多く鉱夫は欲しいので歓迎しますよ!」
タウロは思わぬ人材が雇えるとわかって、喜ぶのであった。
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