第624話 岩窟の街の視察
ドワーフ円卓会議との交渉が無事終了したタウロであったが、このドワーフ自治区にきた目的は、元々ブサーセン商会の護衛である。
交渉が一週間にも及んだので、ブサーセン商会は、数日、待たされる事になったのだが、本人達、ブサーセン商会の面々は全く気にしていなかった。
いや、違う意味でタウロの動向には人一倍気にしていたと言っていいだろうか。
それは当然ながら、交渉の行く末であった。
ブサーセン商会にしたら、ドワーフ自治区との交流再開が一番の目的で訪れていたわけである。
だから、タウロの交渉に雇い主である自分が待たされている事は全く気にしていなかった。
「……それで、協定は結ばれたのですね?」
ブサーセンは宿屋の食堂でタウロ達と夕飯を一緒にしていた席で、確認をとった。
「はい! これでジーロシュガー子爵領とドワーフ自治区の間には正式に交流の再開が決定し、検問も自由に通過できる事になりました」
「「「やったー!」」」
ブサーセン商会の会長ブサーセンとその従業員や御者達は、タウロの言葉に喜びを爆発させた。
「まさか、雇った冒険者が新領主様だとは思いませんでしたが、結果的に我々もドワーフとの橋渡しに一役買えたようで良かったですよ。ここまで、長かったですからね……」
会長のブサーセンが目に涙を浮かべてタウロの手を握って熱く語る。
そして続けた。
「タウロ殿、いえ、ジーロシュガー子爵様! 我がブサーセン商会はこれからも、ジーロシュガー領の発展に貢献していく所存ですのでこれからもよろしくお願いします!」
「はい、こちらこそです。それに黙っていてすみませんでした……。どうなるかわからない以上、無闇に領主である事を名乗るわけにもいかず、様子を窺っていたものですから……。それと領都シュガーの老舗商会として、交易所再開の為にもご協力、よろしくお願いします」
タウロもブサーセンの思いに応えるのであった。
ブサーセンは心を熱くすると、目に浮かんだ涙を拭う。
「いえいえ! お気遣いは無用ですよ。──そうだ。本当は交渉が終わり次第すぐにでも帰るつもりでいましたが、一日日程を延ばしてジーロシュガー様達は、この岩窟の街を視察してみてはいかがですか? 自領の為の何かヒントが落ちているかもしれませんし」
ブサーセンは、視察と提案しているが、タウロ達を労って一日ゆっくりしてもらおうというのが本音だろう。
ブサーセン商会にしたら、取引は終わった後だから、滞在日数が伸びればそれだけ損でしかないはずである。
それをタウロに配慮してすでに何日も伸ばしてくれているのであった。
「ですが、僕達はみなさんの護衛でもありますし、これ以上滞在期間を延ばすのは……」
「いえ、交流再開する事になったドワーフ自治区の事を知る事は悪い事ではありません。そうしてくれる事で、うちの商会も領主様に期待が持てるというものですよ」
ブサーセンはそう言うと、大きく頷く。
「わかりました。それではお言葉に甘えて、明日は一日、この岩窟の街の視察に当てたいと思います」
タウロはブサーセンの好意に甘えて、一日滞在を延ばす事にするのであった。
タウロ達は朝から、岩窟の街に繰り出した。
これまでは宿屋と大円柱の一番上にある庁舎の往復だけであったから、ドワーフがひしめく街中を歩くのは初めてである。
一同は狼型人形のガロに跨って移動していたが、地元のドワーフ達はこれに興味を惹かれじろじろと見ていた。
理由の一つとしては、何年もの間、ほとんど見る事がなくなっていた人が乗っているという事もあったが、やはり、職人気質の者が多いドワーフにとってはガロがどういう仕組みで動いているのかをまじまじと観察する者が多い。
「関節部分の滑らかな動き……。良い仕事してるな……」
「見事な造形美だ……」
「尻尾のあのしなやかな動き、材質はなんなんだろうか……?」
通行人のドワーフ達は、通り過ぎるタウロ達が跨るガロの動きに興味津々だ。
「あはは……。目立っているね」
タウロが苦笑しながら言う。
「一日でこのだだっ広い岩窟の街を見て回るなら、ガロに乗っている方が効率的だからな。こればっかりは仕方ないさ」
アンクが笑って応じた。
「それにしても、ドワーフの街だけあって、職人のお店が本当に多いわね。でも、あまり景気はよくないみたいだけど……」
エアリスが通りのお店の現状を観察しながら、素直な感想を漏らす。
「そうだな。活気はそこまである感じがしない。ドワーフ以外の種族も多いが、議長が交渉で言っていた通り、最大の顧客だった人族が全くいないせいで物流の動きが鈍いのかもしれない」
ラグーネが人と物の流れが良くないようだと指摘した。
「交流が無くなってお互い打撃は大きかったんだろうね」
タウロもみんなの意見を聞いて頷く。
「ご指摘通り、人族との交易が無くなったせいで、ドワーフ自治区の経済は大打撃を受けたのは確かだぜ。さらにそこに追い打ちをかけた問題があってな……」
ドワーフの道案内役ボーゼが意味深な物言いでタウロ達の話に入ってきた。
「「「問題?」」」
「それについては鉱山方面に行ってもらえればわかる」
ボーゼはそう言うと、岩窟の街の端にある大きなトンネルを指差す。
「それじゃあ、ガロ。あっちに行ってくれる?」
「がう!」
ガロはタウロの言葉に吠えて応じると、人通りの少ない通りに出て、指差されたトンネルの方へとみんなを乗せたまま駆けていくのであった。




