第623話 議長との話し合い
ドワーフ円卓会議の議員達は、目の前の少年が新領主である事に意表を突かれて驚いていた。
女性議長のガスラ以外はタウロをただの使者だと思い、侮っていたのだ。
「やはりでしたか」
ガスラ議長意味ありげに笑みを浮かべると、そう口にした。
「……どこかで会ったという事はないですよね?」
タウロはこの女性ドワーフに会うのは初めてだと思っていたし、ガスラの名前も記憶にない。
だが、相手だけが自分の事を知っているというのは、思わず警戒したくなるというものだ。
「ふふふ。タウロ・ジーロシュガー殿、私は以前からあなたの事は人伝いに聞いて、名前と特徴については詳しく知っていたのですよ。それにその名前と同姓同名の人物が隣の旧ルネスク伯爵領を王家より譲り受けて新領主に就任した事も事前情報として知る事になりました。だからこそ、いつかは使者を立てこの地を訪れるだろうという事はわかっていたのです。ですから今日、その特徴に酷似しているあなたが、現れて確信しました。ただし、思っていたよりだいぶ遅かったですね」
タウロが訪れるのを、ガスラ議長は予言者のように予想していたのだというから、議員達からは、
「おお! さすが議長!」
「そう言えば以前、そんな事をおっしゃっていましたな!」
「この人物がその噂の人間ですか!」
議員達はガスラ議長が以前から言っていた事を思い出して、その先見性に賛辞を贈り始める。
肝心のタウロはなぜ自分がそんなに初対面の議長ガスラに容姿まで知られているか不可解でしかなかったから、いよいよ警戒した。
ガーフィッシュ商会の従業員である領主代行のロビンでさえ、名乗ってからようやく新領主であるタウロだとわかったくらいだから、議長ガスラの反応は察しが良すぎると思ったのだ。
「ふふふっ。警戒されていますね、タウロ・ジーロシュガー殿。それでは私がなぜあなたを知っているのかのなぞ解きをしましょうか? ──実は私、あなたにお世話になった鍛冶師アンガス、革細工職人ランガス兄弟の姉です。これでわかりましたか?」
議長ガスラはタウロの警戒心を説く為にあっさりとその正体を明かした。
「アンガスさん、ランガスさんの!?」
タウロは意外な答えに驚く。
壁際で大人しく話を聞いていたエアリス達もアンガスについてはタウロから聞いて知っていたし、ランガスには装備品の調整などでもお世話になっていたから、その二人の姉と聞いて驚きつつ納得する。
「みなさんの事は弟達から手紙を貰って、その特徴から活躍まで全て聞いていたのでよく知っていたのです。そのタウロ殿が隣領の領主になったという事で、現状を打破すべく、ここに訪れるだろう事は予測していました。──ドワーフ円卓会議は過去の経緯から人族との交流を何年もの間、断っていましたが、弟達から聞いていたあなたなら信用に足る存在として、交流を再開できる相手だと思っています」
ガスラ議長は弟達の人を見る目を信じているのか、初対面のタウロに信頼を見せてくれた。
アンガスさん、ランガスさん……、お二人のお陰で交流が再開できそうです。
タウロは二人に感謝すると確認の為に口を開く。
「それでは、交流再開へ前向きに検討してもらえるんですね?」
「ええ。もちろんです。私達もいつまでも自治区内に引き籠っていては経済が衰退していきますから」
ガスラ議長はタウロの言葉に快く応じると、頷くのであった。
それからガスラ議長とドワーフ円卓会議の議員十二人とは、今後について忌憚のない話し合いが行われた。
それは交易についてもそうだし、食糧問題やドワーフ自治区での失業率悪化があったから、ジーロシュガー領での労働斡旋等に話が及び、細かいところまで詰めて話が進められた。
話し合いは数日間に及んだ。
そして、色々と契約を結んだうえで、お互い協力する事はもちろんだが、今後の展望についても語られる。
「……他の自治区との交流再開ですか……。我がドワーフ自治区はタウロ殿を信用していますが、他ではそう簡単にはいかないかもしれませんね……」
議長ガスラはタウロの今後の希望的展開について、困難が待っている事を告げた。
ドワーフ自治区はトップである議長ガスラが好意的で、他の議員の説得もタウロの新領主就任直後である一年前から行われていたから可能だったのだ。
しかし、他の自治区はそうはいかないだろうから、会う事さえ難しいのではないかとガスラ議長は指摘する。
「領境を完全に通行止めにしているわけではないのですよね?」
タウロもまだ、その辺りは調べていないから、知識が乏しいので詳しそうなガスラ議長に確認する。
「国の許可を得た冒険者などの通行は許可していると思いますので、出入りは出来ると思います。ですが、自治区によっては完全に人の出入りを禁止しているところもあり、使者や領主を名乗っても、会っては貰えない可能性が非常に高いですね」
ガスラ議長は他の自治区の様子も色々と教えてくれた。
他にも珍しい蜥蜴人族自治区やエルフ族自治区、小人族自治区に各獣人族自治区も旧ルネスク伯爵領(現ジーロシュガー領)の交易所を利用していたが、前領主の差別的な扱いに異種族の者達は閉口し、信頼関係は失われ、離れて行ってからは、各種族同士で細々と交易を行うようにはなっているようだ。
しかし、一番の交易相手となる人族とはこの何年もの間、大きな交易が出来ていない。
それは領境を接する旧ルネスク領が一番近く、それを大きく避けて他の人族の領主と交易をするには遠すぎたからあまりに頻繁に交易は行われていない。
人件費の割に利益があまり生まれないからである。
そういう意味ではタウロが新領主としてその損得を説いて回れば成功しそうだが、その前に各自治区は人族に対する不信感が前面に出て会ってもらえないというのが現状なのだ。
「色々と情報をありがとうございます。僕の方でも今後、どうするべきか検討してみます」
タウロは議長ガスラと握手を交わすと、この一週間近くに及ぶ交渉を成功させ、ドワーフ自治区との交流について正式に再開する事になったのであった。




