第621話 議長との面会手続き
タウロ一行はこの年月をかけて作り上げられた偉大な岩窟の街を楽しむ暇もないまま、まずはドワーフ円卓会議という名の自治区の責任者への面会手続きをする事にした。
そこは岩窟の街の中央に鎮座するとても大きな柱であり、その表面には螺旋状の道が続いており、馬車でも上がれるようになっている。
その遥か上部にドワーフ円卓会議の面々が生活する区域があるようだ。
タウロ達はその一番下から見上げていたが、その高さは何メートルあるのかわからないくらいだ。
この大円柱の上に行くには許可を取る必要があるらしく手続きは、下の事務所で行った。
「あの旧ルネスク伯爵領の後に任命された新領主の使者?」
事務所の管理をしている責任者のドワーフが、タウロを胡散臭そうに見た。
「はい、現在はジーロシュガー子爵領です。僕はその代表として参りました」
タウロは自分が領主とは敢えて言わない。
だが、代表と名乗る事で、それを遠回しに伝える。
責任者のドワーフは、相当旧ルネスク伯爵領の人間には印象が悪いのだろう。
タウロを下から上まで眺める。
「ドワーフ円卓会議のみなさんは大変忙しい身。だが、ガスラ議長はそちらがそろそろ現れるはずと予言しておられた。その予言通りなら……、いや、自分がどうこう言う事ではないな。ガスラ議長がいつもいつ現れるかわからない使者に会う為に時間を空けておられたから、明日の正午には面会してもらえるだろう。その時、また、ここに来てください」
事務所の責任者のドワーフはそう告げる。
「予言? ──わかりました……。では、明日の正午、また来ます」
タウロは不可解な言葉が気になったが、素直に応じると、事務所を後にするのであった。
「意外にあっさりしてたわね」
エアリスは人間の印象が最悪のはずのドワーフ自治区の上層部が、面会を簡単に承諾すると思っていなかったので狐につままれたような反応をした。
「だが人間に対する印象はやっぱり悪いみたいだぜ?」
エアリスの言葉にアンクが通りを歩く周囲のドワーフ達の厳しい視線に気づいてぼやくと一足先に馬車の中に引っ込む。
「そうだな。前領主ルネスク伯爵のせいでこの自治区のドワーフの人間に対する印象は相当悪いみたいだ。だが、それを覆す予言とやらが気になるな」
狼型人形ガロに跨るラグーネが、指摘した。
「だよね? 予言かぁ。詳しく知りたいところだったけど責任者のドワーフさんはこれ以上は人間と話したくない雰囲気が出てたから、聞けなかったよ」
タウロはそう言うと、エアリスと共に馬車に乗り込む。
そこでブサーセンが言う。
「これは大きな第一歩ですよ! 私もドワーフ円卓会議のお偉いさん達には面会を何度か求めていましたが、一度も会えなかったのです。ドワーフの商人を通して今回の取引の許可は取れたのですが、それも、検問所で取り消しになりそうでしたからね……。それが全て大丈夫になったのは、タウロ君が新領主の使者だと発覚してからですよ。これは良い兆しです」
これまで何度も根気よくドワーフとの接触を試みてきたブサーセンの言葉は重い。
「そうですね。この機会を逃すわけにはいかないので、明日は早めに訪れます」
タウロはブサーセンのこれまでの努力が無駄になってもいけないので、ミスは許されないと慎重になるのであった。
タウロ一行は大通りの大きな宿屋に宿泊する事にした。
そこにはドワーフのお客以外に、各獣人族に蜥蜴人族、そして、ドワーフとは犬猿の仲であるエルフさえもいた。
ただし、人族は一人もいない。
どうやら、噂通り入国するのも難しい状態のようだ。
それを考えると人族であるブサーセン商会がこの地に何度も使者を送れていたのは、いかに着実に信頼を得ていたのか、その為にどれだけの努力を重ねてきたのか容易に想像がつくというものだろう。
「ブサーセンさんが積み重ねて来たものを形にしますね」
タウロは、ブサーセン商会の実績を労ってそう告げた。
「タウロ君が新領主使者というのには驚きましたが、その役に少しでも立てれば、商人としても領民としても嬉しい限りですよ。よろしくお願いします」
来る途中でタウロから、冒険者ながら新領主の使者としての任務もあるという説明は受けていたから、ブサーセンはジーロシュガー領の領民としての使命感が増していた。
だからタウロにそう言われて素直に喜んだ。
「何度も言いますが僕達も黙っていてすみません。当初はどうなるかわからなかったので、言い出せなかったですから。明日はご期待に応えられるように、ドワーフ円卓会議の議長さんとの面会で結果を出してきます」
タウロはブサーセンに成功を約束するのであった。
翌日の正午前。
ブサーセン商会の一行は、取引相手のドワーフの商会の店に赴く為、朝から出かけている。
宿屋を出る前、見送るタウロに、
「面会で良い結果が出る事を祈っていますぞ!」
と告げて出かけて行ったのが印象的であった。
「それじゃあ、そろそろ僕達も行こうか」
タウロはエアリス達に声を掛けると全員がガロに跨る。
目指すは中央の大円柱の上部、ドワーフ円卓会議の議長の元であった。
ガロに跨ったタウロ一行は、前日に赴いた大円柱の下の事務所を早めに訪れると、そこにはドワーフ自治区を示すツルハシと大金槌が交差し、ドワーフの横顔が特徴的な絵の紋章が入った馬車が止まっていた。
「……早いな。だが、時間より前に訪れるとは殊勝な事だ。他の議員への印象も良くなるかもしれないな。──さあ、乗った、乗った」
事務所責任者のドワーフはそう言うと、使者であるタウロに馬車に乗るように促す。
「私達も付いて行っていいの?」
エアリスが責任者のドワーフに確認する。
「上に行っていいのは使者だけ……、ですよね?」
責任者のドワーフは用意された馬車に乗り合わせている使者に声を掛けた。
「従者の方も伴っていいそうです。ただし、失礼がないようにお願いします」
眼鏡姿のドワーフが馬車から降りて来てそう答えると、タウロを馬車に伴う。
「それじゃあ、みんなはガロに乗って付いて来て」
タウロはそう言うと、眼鏡ドワーフと一緒に馬車に乗り込むのであった。




