第620話 ドワーフの偉大な街
ドワーフの宿屋での宿泊は快適なものだった。
室温も涼しく一定で食事も美味しい。
チーズは牧畜の山羊の乳から作ったものだったが意外に臭みがなくまろやかな味だった。
どうやら職人気質のドワーフがチーズ作りをすると繊細な味に拘るようで、山羊の餌である農作物も土から拘っているとの事だ。
ドワーフのイメージでは想像していなかった牧畜や農業もしっかり行われているらしい。
平地が少ないので、山の斜面に段々畑を作っているらしいが、その段々畑も先人達が試行錯誤して作った事で現在のドワーフもそれを受け継いでいるようだ。
「ちゃんと自給自足が出来ているんですね」
タウロは宿屋のドワーフ女将から話を聞いて、感心した。
イメージでは穴掘りと職人としての作業以外には興味がなく、作物などは外から輸入していると勝手に想像していたのだ。
「そうでもないさね。食料となる作物が足りているとは言えないわ。特に岩窟の街は人口が多いから、隣接する他の自治領から足りないものは輸入しているらしいよ。ここいらは近くに農園があるからなんとかなっているけどね」
ドワーフ女将はそう言うと嘆息すると続ける。
「あんたら人族の使者なんでしょ? ドワーフ円卓会議をうまく説得して、また交流が始まってくれる事を願っているわ。人族を介した交易が行われなくなってから生活が厳しくなったのは事実だからねぇ……」
とぼやくのであった。
「僕もドワーフ族とは仲良くやっていきたいと思っているので、必ず説得したいと思っています」
タウロも女将に強い決意を持って答えた。
それにドワーフの生活水準が落ちているのならば、説得のしようもあるだろう。
元々前領主ルネスク元伯爵の暴挙によって信用を失い交流が断絶したというから、新領主である自分が前領主とは全く違う事を示し、さらに交易再開する事で双方に利益があると納得させればいいのだ。
それで以前のような生活水準に戻せれば、利害の一致が見られはず。
タウロはいくつかカードを持ち合わせているが、それをどう使ってドワーフ円卓会議を説得する事が出来るかが重要になるだろう。
岩窟の街へ到着するまでに少しでも情報を仕入れて、説得の材料としたいところである。
タウロはドワーフ女将とそんな大事な話をいくつかしてからゆっくり就寝するのであった。
翌朝、タウロとエアリス達は女将の案内で宿屋の脇にあるトンネルを歩いて外に出た。
朝日がドワーフ自治区の山々を照らし、前日ドワーフ女将から聞いた段々畑が視界に映し出される。
それは聞いていた以上に斜面に不規則な畑が一面に広がっており、作物が無数に作られていた。
「これは壮観ですね……!」
「でしょう? 毎朝天気が良い日は、ここからこの風景と空を眺めて一日が始まるのさ」
ドワーフ女将は自慢気に言う。
「これだけ広い農地があっても、自治区を賄う程ではないからね。だから農地を広げようとしているのだけど、段々畑作りは大変らしいから……」
ドワーフ女将は現状を思わずぼやくのであったが、
「おっと、いけない。朝の支度をしないといけないさね。朝食を済ませたらすぐ出かけるんだろ?」
ドワーフ女将は、タウロ達に確認すると、元来たトンネルに戻っていくのであった。
「ドワーフ自治区も交易所が無くなって、入手が困難になった作物を自分達で作る事で補おうと必死なんだろうね……。──僕に出来る事がしっかりと見えてきた」
タウロは改めてそれを確認すると、宿屋で食事後、宿屋をあとにして、岩窟の街に向けて出発するのであった。
道案内役であるドワーフのボーゼは、自分と背丈が変わらないこのタウロという人族の使者が心配であった。
ドワーフ族は髭が生えてきたら一人前と言われており、この髭どころか下の毛も生え揃っていないのではないかと思えるつるつるの少年は半人前に見えるのだ。
どちらかというと、この馬車の所有者である商人のブサーセンこそが、使者と言われた方が説得力がある。
確かに見かけの割には堂々としてはいるが、ドワーフの力強さからはかけ離れているように見えたから、ボーゼは何かあったら自分が間に入って話を取り持とうと思っているのであった。
そんな心配をされているとは思っていないタウロとその一行は、『高速路』の文字通り、地上の道を進めば何日かかるかわからない道のりを、二日で到着した。
岩窟の街とはよく言ったもので、途中で宿泊した村とは大きさがかなり異なる巨大な地下空間にその街は存在した。
街の中央には巨大な柱が、いや、明かりが定期的に灯っているという事は、人が住んでいるのだろうか? があり、その周囲にも大きな柱が高い天井に向かって伸びている。
もしかしたら、穴をくり抜く時に、柱部分を残して削ったのかもしれないと思える程、あとから作るには不可能と思えるほどの巨大さだ。
街は壁をくり抜いた住居もあれば、人族の家と変わらない建物が大きな空間にひしめいている。
だが、ちゃんと区画整理もされていて、中央の巨大な柱に放射線状に広い道が整備されていた。
「これは凄いね……。こんな巨大建築と大きな空間が人工物なんて信じられないよ……」
タウロが岩窟の街の光景に圧倒されて、感動する。
「ダンジョンならいざ知らず、こんなスケールがでかい地下空間が存在するとはな……」
アンクもタウロに同調するように、口をポカンと開けて感心した。
「本当ね……。旅行本なんかでは、岩窟の街について一度は訪れておいた方が良いとか書いてあって大袈裟だと思っていたのだけど……、本当だったわ……」
エアリスには本で得て予備知識があったようだが、それでも想像を遥かに超える風景だったようだ。
「これだけの街、どれだけの年月をかけて作ったのだろうな……」
ラグーネもみんなと同様に驚いている。
「何でも五百年以上前からここは掘られ続けているらしいぞ。今でも掘られ続けているしな」
ドワーフのボーゼは自慢気に一同に告げた。
その言葉通り、人の喧騒とは別に、空間に岩を削るピッケルの音が時折響いている。
「私も初めてここに来た時は同じ事を口にしていましたよ」
ブサーセンはタウロ達の反応を見て思い出し笑いをした。
そして続ける。
「これだけ年月をかけてこれだけの街を築くドワーフとは仲良くしておいて損はないというものですよ」
ブサーセンは商人として新領ジーロシュガーの領民として、使者であるタウロに(本当は領主本人だが)交易再開の為のスムーズな交渉を期待するのであった。
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