第617話 自治区の検問所
山村で一晩過ごしたブサーセン商会の面々とその護衛役であるタウロ達一行は村民達に大変感謝されて朝を迎えた。
そして、そんな中、村長からドワーフ族との領境について話を聞く。
「ドワーフ族の自治区ですか……。彼らは大らかで豪快な反面、職人気質な事から頑固な一面もある種族です。一度、信頼を失った現状では、それを取り戻すのは難しいでしょうな……。新領都シュガーの街までの山道に強力な魔物が出るということで、以前のドワーフ族との交流関係を当てにして自治区の方へ商談しようとわが村の人間も出かけて行きましたが、領境の検問所で取り付く島もない状態で追い返されたと聞いています」
村長はブサーセン商会の会長ブサーセンに、ドワーフ自治区との領境の現状をそう説明した。
「そうでしょうな……。前領主であるルネスク伯爵の異種族に対する蛮行はそれだけ、彼らの我々に対する印象を最悪のものにしましたからな」
ブサーセンは村長の話に理解を示して頷く。
「それだと、僕達も追い返されませんか?」
タウロはブサーセンに一番の可能性を指摘した。
「我々ブサーセン商会はその間、何もしなかったわけではないのですよ。わははっ!彼らの信用を取り戻すべく、実は何度も使者を立てていました。直接だと領境の検問所で追い返されるという事で、ドワーフ自治区の隣の自治区にまずは入り、そこからドワーフ族の自治区に入領して岩窟の街を訪れ、そこでようやく関係者に会い、交渉を続けていましたからな。その結果、今回、検問所もうちに限って通してもらえる確約をもらえているので、大丈夫なのです」
ブサーセンは自信満々に答えた。
「おお! それをきっかけにドワーフ族との交易も再開されるかもしれませんね!」
村長はブサーセンの言葉に目を輝かせた。
それもそうだろう、現在、山村が廃れてきているのは、交易が止まってしまい、人の流れも無くなってしまっている事からだから、それが再開されれば、元の活気が取り戻せるかもしれないのだ。
「……まずはその第一歩が、今回ですね」
タウロはブサーセンの個人による努力でドワーフ族との交流が再開されるきっかけになろうとしている事を理解して、下手が打てない事を承知するのであった。
「ええ、ようやくです。今回は彼らが今、最も欲しがる鉱石類を大量に用意しておりますからな。大いに喜んでくれるはずです」
ブサーセンはそう言うと、馬車の方に視線を向ける。
そう、今回の二台の馬車の内、一台は丸々鉱石を積んでいた。
だが、ドワーフと言えば採掘なども得意とする種族である。
ジーロシュガー領と同じで領地内に山が多いドワーフ族の自治区内で、鉱石の採掘も行われていそうだが……。
タウロはそう疑問に思うと、それを素直に指摘してみた。
「……それがですな。前回の交渉で内々に聞いた話なんですが、ドワーフ族の鉱山では最近、掘り尽くしたのか鉱石があまり出ていないようなのです。彼らとしても資源がないと職人としての腕が振るいようがないので外から鉱石を輸入するべきか考えている様子だったので、私がいち早く不足している鉱石を大量に仕入れて今回持ってきたのですよ」
さすが百年の老舗の店主ブサーセンである。
何でも取り扱う商会と言っていたが、鉱石まで扱うとは……、とタウロも感心した。
「まあ、今回は利益にはあまりならないかもしれませんが、まずは一番の目的である信用を得る事が出来れば御の字でしょうな」
ブサーセンはそう言うと笑う。
「そうですね。さすが、百年の老舗の店主。勉強になりました」
タウロは素直にそう答えると立ち上がり、出発の準備を始めるのであった。
山村を立ったブサーセン商会が率いるタウロ達一行は自治区の領境に到着した。
そこは剥き出しの険峻な岩肌に大きなトンネルが掘り抜かれた検問所で、天然の城壁のようになっている。
扉も破る事は不可能と思える鉄製の頑丈な作りで、今は閉じられ、その表には大きな戦斧を持った重量がありそうな鎧に包まれたドワーフ兵が両側に物々しく立っていた。
「その馬車、止まれ! ここから先はドワーフ自治区となっている。ルネスク伯爵領からこちらに入国する事は許されていない。引き返せ!」
天然の城壁の上から監視していたドワーフ兵の一人が、商隊に対して警告する。
「少しお待ちを! こちらはブサーセン商会のブサーセンという者です。今回、ドワーフ自治区内での取引の許可を得て参っております。上の方にお取次ぎをお願いします!」
ブサーセンは馬車を止めると、思ったより厳しい反応を示すドワーフ兵に怖気る事無く、大きな声で答えると許可状を使用人に渡して検問所のドワーフ兵の下に届けさせた。
「……ちょっと待て!」
ドワーフ兵はそう応じると、城門の小さい扉から中に入っていく。
上で監視をしていたドワーフ兵も城壁の上から顔を引っ込めていなくなった。
しばらくすると、隊長らしきドワーフが、城壁上から顔を出す。
「許可状は確認した。こちらもブサーセン商会の名は聞いている。しかし! 事情が変わった。そちらの領地の新領主、もしくはその代理の許可を得た者も一緒でないと個人の商会程度の者の検問所通過は許可できないという知らせがきている。これはドワーフ族円卓会議で決定した事である。一度、引き返し、領主、もしくはその代理の許可を取ってから参れ」
「そんな……! そちらの議員の許可は頂いているんですよ!? 渡した許可状にも添えてあったでしょう? それでは駄目なのですか!?」
ブサーセンは今回までの努力が水の泡になりそうな言葉に食い下がって答えた。
「それはこちらとの個人的な商売の許可状であろう? そうではなく、まずは交易再開の為の使者を立ててもらうのが先だと言っているのだ! こちらは自治区として一つの国のようなもの。トップ同士の交渉無しに個人レベルの取引に応じては、自治区の威信に関わるから、中止せよと判断が下されたのだ。だから、許可がないなら今回は諦められよ!」
偉そうなドワーフは、そう答えると、奥に引っ込もうとした。
「新領主、もしくは代理の使者なら問題無いのですね!?」
子供の声が、検問所に響いた。
タウロの声である。
そして続けた。
「僕は新領主ジーロシュガーの使者です。交易の回復交渉の為にブサーセン殿に同行しました。岩窟の街までの案内をお願いします!」
「!?」
予想外の返答に偉そうなドワーフは足を止め、馬車から降りてきた声の主を確認した。
そしてタウロを見ると、しばらく沈黙した。
「……使者の証拠を提示せよ!──お前達!」
偉そうなドワーフが城門に立つドワーフ兵に命令する。
ドワーフ兵の一人がタウロの傍に駆けていく。
タウロは、マジック収納から、新領主のサインが入った札と、領主ジーロシュガーからドワーフの議長宛ての書状をドワーフ兵に示した。
本当ならその新領主だと名乗りたいところだが、順序としては使者を立て、その後日取りを決めてお互いのトップ同士が会うというのが作法だ。
いきなりトップが面会を求める使者として訪れては、こちらの立場が弱いと認める事になる。
「ほ、本物みたいです!」
ドワーフ兵は何度もタウロの示す証拠の数々に驚くと、城壁の上のドワーフに大声で報告した。
「……な!? ──……確認する! 扉を開けよ!」
偉そうなドワーフがそう命じると、検問所の重々しい城門が鈍い音を立てて開くのであった。




